『代用乳』が使われる理由

我々人間や牛を含める哺乳動物は文字通り、(授乳期間・赤ん坊期に)母乳を飲み育ってゆく生物ですので、母乳(初乳を含める)を供出してくれる全ての哺乳動物の母親というのは、とても重要な存在となります。産まれたばかりの動物は、初乳(初母乳)を与えられる事によって、栄養は勿論、様々な免疫力も得られます。その後も、暫くは母乳によって育てられるのも周知の通りであります。しかし、母乳が出ない・感染病罹患などの事情で、子に授乳を継続的に出来ないという理由などで、活用されるのが『代用乳(粉ミルク)』です。
 代用乳(粉ミルク)の歴史を少し調べてみると、遊牧民出身である中国王朝の1つ・元朝に一時期仕えていたヴェネツィア(現・イタリア)の商人・マルコ=ポーロがモンゴルタタール軍を視察した際に、「糊(のり)のようなものを日干しミルクにして利用していた」と書き遺しており、既に13世紀〜14世紀頃には代用乳に似た物があった事を物語っています。人間用代用乳が本格的に開発販売されるようになったのは、19世紀末のヨーロッパが最初であり、日本では1917(大正6)年に、加糖全脂粉乳(キノミール)が東京和光堂薬局によって開発されたのが本邦初となります。

 

 乳牛を飼養してゆくには代用乳は絶対不可欠な物の1つですが、1950年代頃から英国を中心とする欧米諸国で衛生管理・省力管理・ 経済性の理由により、牛用の代用乳が開発研究されるようになり、日本でも少し遅れながらも代用乳の品種改良などが、主に民間機関で行われ、昭和45(1970)年頃には10種類以上の代用乳が市販されるようになりました。
 代用乳が開発される以前は仔牛を母牛から搾った牛乳を飲ませて育てていましたが、3ヶ月間(仔牛の授乳期間)、その牛乳授乳方法で仔牛を飼養してしまうと、約240kg〜360kgの牛乳を利用したと記録にありますので、大量の牛乳が必要であったのが分かります。金額的に換算すると、乳単価1kg=100円を例にすると、最高で3万円以上とういう高額な授乳費用が掛かっていることになります。対して代用乳、牛用脱脂粉乳は商品によって違いはありますが、1袋約20kgで約7千円〜1万円前半であり、1袋の脱脂粉乳で1頭の牛を3ヶ月間授乳する事が可能であり、経済的にも負担が少ないのが一目瞭然であります。また、脱脂粉乳の場合は、用法を守って、約38〜40度のお湯で粉乳を溶解すれば、直ぐに仔牛に授乳させる事が可能であり、手間も少なくて済みます。現在では、哺乳ロボットも導入されている所があり、より授乳の手間が省略化されている場合もあります。

 

 乳牛にとって、代用乳が必要である意義は、先にも少し述べましたが、やはり『経済的理由』によります。筆者の経験上では、産まれた仔牛に母乳を授乳させるのは、約1週間(長くて2週間)のみであり、その後は代用乳に切り替えて授乳させます。理由は簡単であります。母牛から搾られる牛乳は『商品』として出荷される大切な売物であるからです。酪農という産業は『牛乳を売る事に成り立っている職種』ですので、商品となる牛乳を仔牛に長い間、飲ませている訳にはいかず、出来るだけ早く代用乳に切り替えてゆく事も、酪農業の大切な経営措置となります。自分が飲めるべき牛乳を飲ませて貰えない仔牛にとっては気の毒な面がありますが、それも含めて酪農産業とはそういうものであります。

 

 乳牛の代用乳とは、どの様なものか?という事は今度説明させて頂きたいと思います。

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