乳牛の産休?
皆様ご存知の様に、お勤めをされている女性の方々が妊娠・出産を控えた際には、『産休』『育児休暇』があります。少し本題より逸れますが、先年より、筆者がおせわになっている先輩の奥様が産休および育児休暇に入っておられ、日々ご夫婦で育児奮闘されてますが、休暇を利用しなければいけない程、女性の皆様には、妊娠→出産→育児が大変だということが今更ながら実感します。
そこで、今記事表題の『乳牛にも産休はあるのか?』ということですが、実は乳牛にも『産休』に似た様な期間があるのです。母牛は分娩後即、乳搾り(仕事)に勤めなければならない上、誕生した仔牛の飼育全般は酪農家が請負うので、人間世界にある様な育児休暇はありません。また余談ですが、今丁度少し滑稽な事を思い起こしましたが、酪農家が仔牛の育児全般を母牛に代ってしなければいけませんので、酪農家や牧場関連に勤める人々は皆、カウ・ベビーシッター(cow`s baby-sitter)ですね。
乳牛(母牛)の産休についてですが、この期間が与えられる乳牛は、一度仔牛を分娩し牛乳を出して、既に貢献してくれる乳牛のみです。これらの乳牛を、酪農専門用語で「経産牛」と呼称されています(以下、本文でもこの呼称を用います)。因みに初産の乳牛には、産休はありません。初産の乳牛は、「分娩未経験=牛乳を出していない上、若々しく元気溌剌な面々」なので必要ないのです。
乳牛の産休=乾乳期間
経産牛が上手く妊娠した場合は、分娩日予定2ヶ月前に、産休期間に入ります。人間に比べたら非常に短い期間ですが、経産牛の産休期を『乾乳(カンニュウ)期間』と言われ、乳牛の仕事である牛乳を搾るのを一切止めます。牛乳を一切搾らず、乳が乾いているので乾乳と呼ばれているのです。この反対の期間、つまり経産牛が毎日一生懸命、牛乳を出し続けているので、泌乳(ヒニュウ)期と呼ばれています。
経産牛が、分娩予定日2ヶ月前に乾乳期(産休)に入る理由は以下の通りです。
@毎日牛乳を、(機械で)搾られる為、乳頭に負担が大きかったので、それを休ませる。
A牛乳を出すという事は、経産牛が自分の大量の血液を消耗(人間では毎日、ハードな重労働や運動)しているという事であり、体力的にも負荷が大きいので休養させる。
B乳を搾るのを止める事に拠って、母牛は余分な栄養分を、自分の胎児(仔牛)に与えることが出来る。
C今度の分娩後に出る乳量を増やす為。
以上の理由で、経産牛の乾乳期があります。筆者の失敗談を言いますと、上記のCの件でミスをしたことがあります。1頭の経産牛の分娩予定日を1ヶ月遅い予定と思ってしまい、その牛を1ヶ月余計に乳を搾り続けてしまい、乾乳期を僅か1ヶ月のみとなってしまいました。その1ヶ月後、無事に仔牛を産んでくれたのですが、乳量が全く上がらず、最盛期になる分娩2・3ヶ月になっても乳量は、さほど上がりませんでした。この哀れな経産牛は、筆者の記憶に拠ると、5歳か6歳の中高年乳牛であったので、余計1ヶ月のみの乾乳では、仔牛を産める体調は整っていたのですが、多量の牛乳を出すまでの体力はなかったようです。全く筆者の数多くある苦い体験の一つであります。
人間の産休期間も食事内容に気を付けますが、乳牛も同様であります。泌乳期間は、主食の乾草(粗飼料)に加え、トウモロコシや麦などのカロリーが高い穀物系飼料(濃厚飼料)も給与しますが、乾乳期に本格的に入ると、主食の乾草中心の飼料給与となります。
牛乳を出さない乾乳期に穀物系飼料を給与し続けると、栄養過剰摂取となって、「脂肪肝(肥満)」になり、分娩後の母牛の体調に悪影響を及ぼす事になるからです。乳牛も生物なので、脂肪肝がありまして、むしろ飼育者が飼料配分を気を付けないと、乳牛の方が人間よりも脂肪肝になる可能性の方が高いかもしれません。
皆様ご存知の様に、肝臓は有害要素を分解したり、糖分や脂肪を必要に応じて体内へ供給する役目を担っていますが、余計な脂肪が肝臓に溜ってしまう脂肪肝になると、代謝・栄養供給に障害が出てきます。乳牛も同様でして、脂肪肝の母牛が分娩すると、ただでさえ代謝・栄養供給が上手く行えない身体なのに、分娩の大きな負荷がかかれば産後の肥立ちに悪影響です。最悪の場合は、様々な障害が重なって起立不可となり、淘汰というこにもなる事があったりします。拠って、乳牛、特に分娩を間近に控える母牛には、脂肪肝は大敵なのです。
先にも述べましたが、乳を全く搾らない乾乳期に、カロリーが高い飼料を母牛に多く給与すると、直ちに肥満体になってしまうので、酪農家さんは、乾乳期に入った母牛の飼料配分には、かなり注意しています。筆者も担当獣医から、よく忠告されました。
人の分娩は、人(夫妻)と人(医師や助産師)の繋がり・援け合いで、新しい命が育まれますが、乳牛もまた、乳牛と人(酪農家)で育まれるのです。
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