乳牛の役割
乳牛が飼育されいる第一の目的は、文字通り『多量の生乳(牛乳)』を得るためです。食肉用を得るのを第一目的として飼育されているのではありません。確かに、乳牛(主にホルスタイン)から産出されるの生肉も、牛肉生産量が少ない日本では貴重な役割を担っていますが、飽くまでも副産物としての役割です。
明治時代から本格的に乳牛飼育(牛乳生産)が開始されて以来、ホルスタイン種をはじめとする乳牛は、乳質の良い多量の生乳を得るために品種改良などが繰り返された結果、昭和22年の日本の乳牛1頭当たりの年間平均産乳量は1200kg程度でしたが、62年後の平成21年時点の乳牛1頭当たりの年間平均産乳量は約6倍である7200kgまで上昇しました(*ホルスタイン種限定)。そして平成26年当時の全国総生乳量は約730万トンという巨大な生産量があり、これらが、飲用乳や乳製品として、皆様の食卓へ届いているのです。
今回は、牛乳をはじめとする乳製品がどの様にして、我々人間の手元に届くのかを紹介してゆきたいと思います。
牛乳・乳製品の原料は「生乳」
皆様ご存知のように、乳牛が、皆様が日々飲食しておられる飲用乳などの乳製品の原料となる「生乳」を生産してくれています。以下の図をご覧ください。
(農林水産省データ 参照)
木の仕組みに例えると、生乳は正に『木の根幹』であり、そこから枝葉(飲用乳やチーズ・バターなどの加工乳製品)が産まれます。当然の事ですが、乳牛が根幹である生乳を産んでくれなければ、飲用乳などは産まれません。
Q:牛は、その根幹たる生乳を何故、日々生産してくれているのか?
(その答えは至って簡単であります。)
A:乳牛は自分が産んだ仔牛に飲ませるために、日々生乳を生産してくれているのです!つまり我々人間は、乳牛(母牛)が、自分が産んだ仔牛のために出してくれている生乳を頂戴しているのです。
女性の皆様もお子様をお生みなれば、初めは母乳で育てられますが、乳牛も全く同様でございます。つまり哺乳動物です。
乳牛はお母さん牛になることで、漸く生乳を出すようになります。決して乳牛が大人(成牛)になった時点で生乳を出してくれる訳ではないのであります。(実は、一般の方々の中には、この事をしばし勘違いされている方もいらっしゃるのです。)
仔牛を産んだばかりの母牛から出る生乳を「初乳」と言いますが、仔牛はそれを飲むことによってエネルギー源となる栄養素や免疫力をもらいます。そして約4日間(長い場合だと1週間)、母牛から搾った初乳を飲ませます。この初乳が出る期間の乳は、仔牛のために飲ませる物であり、乳汁自体も母牛の血液が混ざり黄色気味であり、栄養が濃厚過ぎるため「ドロッ」としています。絶対、我々人間の牛乳として出荷されません。分娩後の母牛の生乳が出荷される前には、必ず各都道府県にある酪農組合(検査機関)にて生乳出荷前検査が厳密に行われます。主に生乳中の抗生物質・有害細菌及び異物混入の有無を検査します。この検査合格がなければ絶対に生乳は出荷されません。皆様のお手元にある牛乳は、生乳として出荷される前や加工後の様々な検査合格を受けた物のみ届いていますので、安心してお飲み頂けますよ。
Q:牛乳や乳製品の原料は、仔牛を産んだ母牛から出る生乳である事は、説明させて頂きましたが、その生乳の原料は何か?
A:それは、乳牛の血液です。敷き詰めて言えば、我々は乳牛の血液を牛乳として飲んでいるのです。
牛の血を飲むという事で、昔の日本の人々(特に神教信者)は牛乳を飲む事を忌避し、人が飲めば『牛になってしまう』という、我々現代の人間から観れば実に滑稽な迷信を持っていました。明治時代前までは、農耕用や運搬用としての使役用の牛ばかりであり、乳牛が少なかったのは、こう言った迷信が、古代の人々の頭の中に横たわっているのが遠因の一つであったかもしれません。
乳牛が自らの血液を糧として牛乳を提供してくれますが、1リットルの生乳を出すのに何リットルの血液が必要であるか皆様想像がつきますでしょうか?何と『400リットル〜500リットル』の血液が必要となります。
1日で50リットルの牛乳を出す牛は、最低でも2万リットル以上の血液を消費している計算になります。正しく粉骨砕身、心血を注いで牛乳を造ってくれているのです。毎日これ程の重労働に耐えるために、乳牛は1日30kgを越える多種の飼料を採食するのです(詳細は「乳牛のエサの種類と食事量」)。
牛乳が届くまでの流れ
酪農家さんの牧場にいる乳牛から搾られる生乳が、どの様な過程を得て、牛乳として皆様のお手元まで届くかを簡単に、説明してゆきたいと思います。
@仔牛を分娩した乳牛から牛乳を搾る。
これらの作業を『搾乳(さくにゅう)作業』と言います。現在は、搾乳専用機械(ミルカー)で搾ります。搾取された生乳は、直ちに生乳専用冷却タンク(通称:バルククーラー)に貯蔵冷却されます。搾り立ての搾乳作業は、約30〜35℃の温度があり、特に夏期などは常温で貯蔵しておくと腐敗を招くので、翌日工場に出荷されるまで必ず専用冷却タンクで、約5℃まで冷却貯蔵します。尚、搾乳作業は、乳を出す牛を対象に必ず毎日朝夕の1日2回行われます。
A専用タンクローリーが各牧場や酪農家を廻り、搾られた生乳を集乳する。
早朝から、生乳専用タンクローリー車(通称:集乳車)が各牧場を廻り、朝夕に搾られて冷却保存されている生乳を集乳します。集乳車の規模として、小型の2トン集乳車、中型の6トン集乳車があり、大型では10トンあります。それらの集乳車に各牧場・農家の生乳が回収され工場へ運搬されるのですが、それと同時に専用車の運転手さんは、各牧場・農家の検査用生乳サンプルを別容器で回収を行います。
集乳された生乳も、タンク内で冷却され続けた状態で工場へ運搬されます。
B工場に到着。そして先ず検査
集乳車によって運搬された生乳は、で工場の加工ラインに入る前に集乳車に積んだ状態で、生乳の検査が行われます。特に生乳内に抗生物質(薬物)の反応が無いか厳重に調べられます。万一、回収した生乳に抗生物質反応および他の薬物反応が出た集乳車の生乳全量は、即時に廃棄処分になります。そして、運転手さんが持ち帰った各牧場・農家のサンプル生乳の検査も行い、薬物反応があった牧場農家には、重大なペナルティー(罰金)が課せられます。その牧場によって集乳された、他の牧場農家の生乳が全部廃棄になってしまうので、工場および他の牧場農家さんに多大な損失・迷惑を与えることになるので、ペナルティーは重くしてあります。
C工場ラインに入り、ろ過・タンクへ貯蔵
検査に合格した生乳は、漸く工場ラインに入り、パイプを通って、専用ろ過機械(クラリファイアー)でゴミなどが取り除かれた後は、冷却機械(プレートクーラー)で、5℃以下に冷却処理されてタンクに入れられます。
D殺菌→冷却
次に、ゴミなどが除去された生乳は殺菌作業に入ります。殺菌方法は主に4つあります。
・低温保持殺菌(LTLT法):約65℃の温度で、30分間加熱殺菌する方法。
・高温保持殺菌(HTLT法):75℃以上の温度で、15分以上殺菌する方法。
・高温短時間殺菌(HTST法):72℃以上の温度で、15秒以上殺菌する方法。
・超高温瞬間殺菌(UHT法):120℃〜150℃の温度で、1秒〜3秒の間で殺菌される方法。
極一部のローカルメーカー(観光牧場など)で扱っている牛乳は、高温短時間殺菌法を採用していますが、昭和30年頃からは、超高温瞬間殺菌法が主流となっております。この殺菌方法ですが簡単に述べると、生乳が加熱した高温の金属プレート内を通過する際に数秒間殺菌された後、再度急速に冷却されタンクに保管されます。低温保持殺菌などに比べると、手間がかからず賞味期限が長い利点もあるので、現在でも9割以上がこの殺菌方法を採用しています。
殺菌された牛乳は、再度5℃以下に冷却され、飲用乳や加工乳製品で使う牛乳など、それぞれの専用タンクに分配れ貯蔵されます。
Eパックや瓶に詰められる
分配タンクからパイプを通り、パックや瓶に牛乳が詰み込まれます。
F出荷に向けて最終検査
パック・瓶詰された牛乳は、表記されている栄養成分(乳脂肪など)の条件を満たしているかを検査します。そしてXレイ(レントゲン)検査で、バック内に異物が混入していないか最終検査を行った後、出荷用の冷蔵庫に保管されます。
G遂に出荷、皆様のお手元へ!
上記の検査→処理→検査という長い過程を得て、漸くスーパーや学校給食で、皆様のお手元に届きます。
いかがでしょう?人様のお口に入る食品や飲料は、原料品質〜殺菌・加工・出荷まで厳しい検査を受けて漸く、皆様の元に届きます。この事は牛乳も例外では無いことが、お分かり頂けたなら嬉しく思います。
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