初期の日本酪農とミルカーの普及率の低さ

前回の記事「ミルカー(搾乳機)の歴史」では、ミルカーの開発国である英国(海外)を中心として、ミルカーの開発経緯を少し紹介させて頂きましたが、今記事では我が国・『日本のミルカー機器の進化過程』について紹介させて頂きたいと思います。
 我が国・日本で本格的に乳牛が飼養され、牛乳を含める乳製品が庶民に食されるようになったのは、明治・大正時代からになりますが、これらの時代では現在の様に、国内各地に酪農のみの専一業、つまり多数の乳牛のみを飼養している専業農家というのは確立されておらず、1戸当たりの農家で飼養されている乳牛は、1頭ないし2頭というごく少頭数であり、他の家畜動物では、鶏(家禽)・使役牛(肉牛)や農耕馬などが飼養されている形式でした。
 上記の形式を『有畜複合農業』と呼称される場合もありますが、日本の農業の主体は飽くまでも「稲作(水田)農業」であり、乳牛を含める家畜動物の飼養は、農家にとっては農耕(使役)・堆肥取得のみを主目的とする片手間産業であったと思われます。よって、英米国のように大規模に乳牛を飼養する雄大な牧場(専業農家)が存在し、ミルカーで大量の牛乳を省力化され搾るという形式は、(先述のように)各農家で1・2頭という少数の乳牛のみ飼養していない我が国では根付く事は難しいものでした。否、少頭数の乳牛を飼養している当時(明治・大正期)の日本の農家には「ミルカーやそれに対応できる施設が必要でなかった」という方が正解に近いかもしれません。
 「当時はどの様に搾乳されていたか?」というと、手で搾乳を行い、バケツで乳を貯めて、輸送缶(ブリキ)に詰めて、缶を冷水で冷やして牛乳を保存ないし販売するのが一般的だったので、ミルカーが登場する余地など全くありませんでした。この状況が変わってゆくのが、昭和35年以降になります。

日本酪農にミルカーが普及したのは昭和30年代

昭和28(1953)年に、日本政府は国内酪農を促進するために「有畜農家創設特別措置法」を制定し、諸外国から積極的に乳牛を輸入を開始したのが契機となり、日本現代酪農は発展してゆきます。そして、昭和35年以降になると、明治・大正の有畜複合農家で、細々と乳牛を手搾りしていた時代は終焉に近付き、『酪農の専業化・規模拡大化』の時を迎える事によって、日本酪農界にミルカーが普及するようになりました。
 昭和30年後半から40年代前半は『バケットミルカー』の普及が始まり、日本でも漸く機械搾乳の時代が訪れました。バケットミルカーとは、文字通りバケツ(バケット)型の真空圧ミルカーであり、持ち運びが可能なミルカーとなり、「フロアー型」と「サスペンド型」の2タイプが存在します。(現在では主に、前者のフロアー型が利用されています)
 現在でも、バケットミルカーは頻繁に利用され続けており、仔牛用の生乳・抗生物質治療で出荷できない乳牛の別搾乳で重宝されているのみではなく、小規模酪農家では、バケットミルカーで毎日の搾乳が行われている場合もあります。
 もし日本国内でのミルカーの普及し始めたのを、「日本現代酪農の到来」と譬える事にするならば、大袈裟に言うならば、『バケットミルカーこそが、現代酪農の魁(さきがけ)的象徴』となるでしょう。バケットミルカーが普及した第一目的は、手搾りに要する大きな労力の省略化であったので、それまで腱鞘炎になりそうな位に辛い思いをして、牛乳を手搾りしていた人々が、初めてバケットミルカーという便利な搾乳機に接した時は、「新たな日本酪農業の革新時代が来た」と強く感じたに違いありません。

 

 新たな日本酪農業の革新時代はその後も続きます。バケットミルカーが普及し始めた直後の昭和40年代後半〜50年代前半には、バケットミルカーよりもより省力化された『パイプラインミルカー(詳細は別記事「パイプライン搾乳の登場をご参照下さい)』が日本各地に導入され始め、平成に入ると、乳牛80頭以上の大規模酪農家を中心に『フリーストール牛舎とミルキングパーラー(詳細は別記事「様々なタイプがある搾乳方法」をご参照下さい)』が普及し、大規模酪農家にとっては、パイプライン搾乳よりも有利な搾乳形式が誕生しました。
 平成10年代には、どの搾乳技術(ミルカーも含める)よりもハイテクノロジーな『ロボット搾乳』・『キャリロボ搾乳作業』が一部の酪農家に導入されるようになってきます。昭和30年代に普及したバケットミルカー搾乳時代から比べると大変な違いでありますが、そのロボット搾乳などの高度な搾乳技術についての紹介は、別の記事で執筆させて頂きたいと思います。

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