古代文明からあった搾乳
人類が牛から乳を搾り、それを食用・薬用・(神仏への)供え物などの目的で利用していた歴史は相当古く、紀元前に栄えた世界4大文明に数えられる「古代メソポタミア文明」「古代エジプト文明」には既に、搾乳作業は存在していました。
メソポタミア文明期(紀元前3000年頃)の乳搾り作業方法は、人が牛の後側に回って行っていた事が伝わっていますが、この搾乳方法は搾っている人には危険であり、牛の強靭な後肢で蹴り倒される可能性があります。現在となっては知る術が無いですが、実際、牛の後側から搾乳を行っている際に、牛に蹴られた古代人もいたに違いありません。因みに、現在の搾乳方法は牛の横側から行いますが、エジプト文明期(紀元前2100年頃)には、既に現在と同じような方法で搾乳を行っております。
上記の搾乳方法の変遷を見ても歴史の深さを感じて筆者としては面白いですが、更に強く興味が惹かれる点は、先述の様に、搾乳方法が違うメソポタミア・エジプト両方に共通している点が1つあります。それは、搾乳されている母牛の傍らには、仔牛を連れて来ていた事です。母牛の母性本能を上手く利用し、「我が子のために乳を与えなくては」という気持ちにさせ、泌乳能力を高めるのが目的であったのです。
『母牛が、自らが産んだ仔牛のために乳を与えるために、牛乳を出し、それを頂戴する』というのが、現在の酪農産業でも根本となっており、上記の2大古代文明の共通点(搾乳時に仔牛を隣に置く)を鑑みてもわかるように、既に紀元前では現代にも通じる酪農産業が誕生していたのです。
乳搾りは女性の仕事であった
人類が家畜という術をおぼえ、動物(山羊、次いで牛)の乳を食用にするという搾乳がはじまった約5000年前の古代から現在に至るまで、牛の品種改良や搾乳技術など様々な革新を経て、世界各地(日本では6世紀頃から)では牛の搾乳が行われています。
主に、乳牛の家畜改良が本格的にはじまろうとした草創期は、18世紀頃の英国が発祥とされていますが、その当時の搾乳技術は未だ機械化されておらず、専ら「手搾り作業」でした。また現在の様に、牛舎内に乳牛を集めて搾乳する、つまり搾り手の移動や手間を可能の限り省略化するという方法は採られておらず、搾り手である人間がバケツを携え、わざわざ乳牛が放牧されている場所まで出向き、搾乳をしていました。放牧場への移動、手搾りの量力、そして牛乳を搾った後の持ち運びの手間を考えると、現代人で機械化搾乳設備に狎れ切ってしまっている筆者から考えると何とも気が遠くなる大変な作業であります。
上記の様に大変であったろう18世紀当時の搾乳(手搾り)作業は、主に『女性の仕事』であったと言われており、搾った牛乳を缶に詰め、天秤棒のような物で担いで町に行商に行くというのも女性の仕事の1つでした。(あすなろ書房さんが出版している書籍「写真でみる農耕と畜産の歴史」内で、ロンドンの牛乳売りの女性絵画を見る事ができます)
何れにしても、4つの乳房を持つ乳牛の乳を手動のみで搾るという作業だけでも大変であった事は想像に難く無く、増しては男性より体力が劣る女性が搾るというのは尚大変であったと思います。筆者の知る酪農業に携わる女性(奥様)方も相当タフですが、当時の牧畜業に勤しむ女性方は余程タフだった事でしょう。因みに、当時、苦労して女性たちが搾った平均年間乳量は、現在の約8000kg(ホルスタイン種)に遥かに劣る、約1700kgだと言われており、乳牛の品種改良の未熟さと、手搾り作業の限界を感じます。
乳牛の品種改良や搾乳技術が飛躍的に躍進するのは19世紀に入ってからであり、それ以降、酪農の専業化が進み、産出乳量も増加するようになってきます。その大きな原動力となったのが、『搾乳機・ミルカーの発明』です。次の記事では「ミルカー」について紹介させて頂きたいと思います。
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