こんなにたくさんいる乳牛の種類
皆様のよくご存知の牛。筆者も最近まで、乳牛の飼育業務に就いていたので、牛には格別な想いがあることは否めませんが、世界史上、これ程長く、我々人間の食生活を豊かにしてくれている家畜はいないのではないでしょうか。朝に飲む牛乳、その牛乳から造られるチーズ・バター・アイスクリームなどの加工乳製品、そして肉加工食品。牛たちは実に沢山の恩恵を我々に与えてくれいます。また食生活以外にも、古来では、自動車などの動力機械が発達するまでは、農耕や荷駄と言った貴重な労力としても、世界中で活躍しました。
正しく我が身を呈して、様々な恩恵を与えてくれている牛たちですが、現在、全世界では、肉牛・乳牛を含め、実に13億頭を超えています(国際連合食糧農業機関の調査見積もり)。
そこで今回は、本当の一部ではありますが、日本国内で主に飼育されている乳牛2頭の紹介をしてゆきたいと思います。
@ホルスタイン種
1.名前:ホルスタイン種(正式名:ホルスタイン・フリーシアン)
2.原産国:オランダ国・フリースラント地方
3.日本に導入された時期:明治18(西暦1885)年頃に米国から輸入
4.体格:体高141cm、体重650kg(日本の成雌の標準値)
5.平均生産乳量:年間5000〜10000kg(1頭当たり)、また中には、年間20000kgを超える牛もあります。
皆様は「牛」と聞いたら、このイメージを真っ先に思い浮かべられるのではないでよしょうか。
農林水産省が発表した「平成26年畜産統計」によると、日本国内では、約1,395,000頭の乳牛が飼育されていますが、その99パーセントがこのホルスタイン種なのです。正に日本の酪農業界は、ホルスタイン種の、一人勝ちならぬ一頭勝ちです。野生牛の生息が少ない日本では、飼育されている牛が直に牛のイメージに繋がるので、拠って皆様のイメージは、決して間違っていないのであります(笑)。
この品種のみが、日本国内の飼育乳牛頭数のチャンピオンになっている理由は、他の乳牛を圧倒する生産乳量を誇り、体格も大きく、採取できる肉量を多いので、食肉転売にも重宝されるからです。
酪農界では、「限られた用地の中で、出来るだけ多くの頭数を飼い、生乳(牛乳)や肉を生産して利益を得るか」という課題が常に根底にあるので、その点では、このホルスタイン種は、全く重宝する牛であり、今後も日本に関わらず、世界各国の酪農界の主力になると思います。しかし、生産乳量が多いがゆえに、それが欠点ともなり、乳質が他の牛と比べて低い(乳脂肪成分が薄い)という点もあります。
★余話として:大きな生産乳量を誇り、その体格の大きさもあり、食用肉として活躍してくれるホルスタイン種の牛さん達。写真の通り、白と黒の斑模様が一番の特徴です。自分が通っていた農業高校の学校農場にもホルスタイン種がいましたが、身体が大きい上に、乳搾り作業(酪農用語では『搾乳作業』)でも、強靭で巨大な脚を、よく振り上げてくる、という少し怖いイメージが付きまとい、白状しますと、自分は少し敬遠してしまっている所もあります。実は、この直後に紹介させて頂く、ジャージー種の方に好感を持っていたりしています。
Aジャージー種
1.名前:ジャージー
2.原産国:イギリス領海峡チャンネル諸島の1つ・ジャージー島。余談ですが、運動服などで著名なジャージー服(編み方)も、このジャージー島に由来します。
3.日本に導入された時期:明治7(西暦:1874年)に米国から輸入。
4.体格:体高:130cm 体重:400kg(日本の成雌の標準値)
5.平均生産乳量:年間 3000〜3500kg(1頭当たり)。ホルスタイン種に比べるとかなり少ない生産量です。
筆者は、ジャージー牛を中心に飼育されている牧場に長い間勤務していたので、自分の中で牛のイメージと言えば、この褐色色が特徴のジャージー牛だったりします。
ジャージー種は小柄な牛であり、ホルスタイン種に比べると、威圧感が無いです。また筆者の体験談となってしまいますが、人懐っこい性格で、顔を擦り付けて来たり、自分たちの舌で服などを舐めて来たりして愛嬌がある性格の牛が多くいます(悪く言えば、牛にしては少し煩いという性格です・・・)。
年間生産乳量は、1頭当たり最高で3500kgと、酪農の主力である前出のホルスタイン種の生産乳量(年間1頭当たり最低で5000kg以上)に比べると、遥に劣っていますが、乳質(乳脂肪などの乳成分)は、ホルスタイン種を凌駕しています。(ジャージー種の乳脂肪:平均5%超、ホルスタイン種の乳脂肪:平均3.5%)
ジャージー種が生むジャージー牛乳は、脂肪分が高いので、品質の良いチーズ・バターなどの加工乳製品を造り出せるのです。ペットボトルにジャージー牛の生乳を入れ、20分も振り続けると、即席手作りバターが出来ます。
加工乳製品に向いている牛乳を生産してくれるジャージー牛さん達でありますが、日本国内で飼育されている頭数は非常に少ないです。先に平成26年現在、日本国内での乳牛飼育頭数は、約1,395,000頭と述べましたが、その内の僅か約1万頭がジャージー牛の飼育されている頭数と言われています。全体の1%にも満たない飼育状況です。この現状になった、大きな理由はやはり、「生産乳量の少なさ」というリスクを抱えているからであります。『乳牛から、出来るだけ低コストで、出来るだけ多くの生産乳量(利益)を得るか』という永遠不可欠な課題を抱えている古今東西の酪農界では、小柄で愛嬌があり乳質が良好な牛乳を生んでくれるジャージー種でも、生産乳量の少なさ、というリスクは看過できないのです。
また、体格が小柄で採取肉量が少ない上にある上に、体脂肪も黄色気味なので、食肉用としても歓迎されないのも、酪農界に浸透していない現状に拍車を掛けているのかもしれません。
ジャージー種が、初めて日本に導入されたのは明治7年であり、ホルスタイン種より10年以上も前ですが、既に明治時代後期にはジャージー牛は、日本の酪農界を牽引してゆく主力になる事は困難である事が解っていたようで、明治41年10月に刊行された「実用育牛大鑑」(前田辰雄 著)に以下の様に書かれてあります。
『(略)乳質濃厚佳良なるに在り(略)然れども乳汁の産額多からずして、その最良なる雌牛でも、平均七升(約12.6kg)を出すに過ぎず、その脂肪含有量の多き事を以って、酪農家を慰するものにして(略)』(本文、一部を筆者が編集)
「乳質は濃くて優秀であるが、やはり乳量が少ない。1日約12kgしか生産できない。酪農家にとって喜ばしいのは乳脂肪が多く含まれていることのみである」と書かれてあり、最後は以下の様に書かれ纏められています。(筆者・注訳)
『乳量を多く得んと欲する営業者若しくは、牛種改良を目的とする日本各地の繁殖家には、適合する種類なりと信ずるに能はず』(本文、一部を筆者が編集)
「乳量を期待する酪農家や、品種改良を目的とする繁殖業者には、善き種類なるとは到底思えない」(筆者・注訳)
何とも一刀両断の如く、ジャージー牛の戦力外通告をしているような文面で、ジャージー牛に対し強い想い入れがある筆者にしてみれば、些か悲しいものがあります・・・。しかし、この明治後期に書かれた本は、間違っていることは書いてありません。酪農界の利益に繋がる乳量を期待して飼育する品種ではないのは確かなのですから。
一言メモ:生産乳量が第一である酪農界では、大きな活躍が出来ないジャージー牛さん達ですが、先に述べた様に、乳脂肪が高く濃厚な牛乳を生産してくれるので、ジャージー牛乳から加工された乳製品、特に、ソフトクリームは格別であります!皆様、機会があれば、一度ご賞味してみて下さい。
外見では、ジャージー牛の目周りにある白模様も可愛かったりします。また、ジャージー牛の仔牛期(主に生後1ヶ月未満)は、小鹿に似ていて、とても愛くるしいですよ〜。
ホルスタイン種・ジャージー種以外にも、以下の乳牛が日本国内で飼育されています。
Bブラウンスイス種(原産国:スイス):乳用・食肉用を兼ね備える牛です。日本では、ホルスタイン種・ジャージー種に次いでの頭数が飼育されています。日本に初めて導入されたのは、第2次世界大戦後なので、日本では比較的新しい品種となります。年間平均生産乳量が約4800kgと少な目なので、やはりジャージー種と同じく、日本国内では普及していませんが、乳質(乳脂肪成分)が高いので、加工乳製品として主に利用され、新たに注目され始めています。
(ブラウンスイス種)
Cガンジー種(原産国:イギリス領海峡・チャンネル諸島の1つガーンジー島)
イギリス領である、チャンネル諸島が原産国となります。つまり、同じチャンネル諸島が原産であるジャージー種とは、ご同郷となります。
日本に初めて導入されたのは、明治末期と言われ、国内では古株の乳牛ですが、現在も飼育されているのはかなり希少です。理由としては、ジャージー種とほぼ同様な乳質の良さを誇っているのですが、1頭当たりの年間生産乳量が約4000kgと少ないのが大きいからだと思われます。乳質の良さから、主にチーズやバターなどの加工乳製品に利用されています。
(ガンジー種)
以上、日本で主に飼育されている乳牛について紹介させて頂きました。日本の酪農は、主にホルスタイン種によって支えられているのが現状です。将来もこの品種が、日本の酪農界を牽引してゆくと思いますが、ここでは決して、牛のイメージ=ホルスタインではない事をお伝えしたくて、ジャージー種と他2頭の紹介もさせて頂きました。この見出しがほんの少しでも、皆様が牛に興味を持って下されば、嬉しく思います。
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