良質な牛乳とは?
前の記事で、「乳質」について紹介させて頂きましたが、今回はその『優れた乳質が備えるべき条件』について紹介させて頂きたいと思います。
生乳をベースに製造される乳飲料、チーズやアイスクリームなどの乳加工製品も我々人間の食物の一種ですので、日々牛乳を搾っている生産者(酪農家)は、良質な必要条件を兼ね備えた乳を生産出荷する事が義務となっており、それを遵守できない酪農家は失格となってしまいます。この事は、稲作や野菜農家さん達が優良なお米・野菜を生産し、消費者へ提供するのが義務である事と何一つ変わりなく、もし悪質な米や野菜を出荷してしまうと、組合業・卸売業者や消費者の皆さんからの信用は忽ち失墜し、今後の経営に悪影響を及ぼす事になります。
先述の様に、良質な牛乳を生産する事は酪農家の義務ですが、その良質牛乳の条件は以下の6つとなっています。これから紹介する6条件についてお読みになった皆様の中には『そんなの当たり前ではないか』と思われる方もいらっしゃると思いますが、ご了承下さいませ。
@生乳生菌数および体細胞数が基準値以下である
生乳が工場へ到着した時点の生乳中生菌数や体細胞数が基準値以下である事。生菌数は『1万/ml以下』・体細胞数は『30万/ml以下』が優良牛乳の条件の1つとなっています。
生菌数が1万以上の検査結果が出た場合は、搾乳器のミルカーや搾った生乳の低温貯蔵タンクであるバルククーラーの洗浄が不十分である可能性が大きいです。北海道酪農検定検査協会の資料によれば、特にバルククーラーの生乳挿入口・排乳コック内外部分やゴムパッキン部分の洗浄が不十分であった酪農家さんの事例が多く見られます。
バルククーラーのタンク内の洗浄は十分であっても、生乳出荷の際に利用される排乳コックが乳垢(にゅうせき)などが付着して汚れていたら、生菌数が増殖してしまいますので、コック内外の洗浄もしっかりと実践してゆきたいものであります。生菌数が増加する原因として、他にも搾った生乳を直ぐに冷却保存(バルククーラーの電源ON)しなかった場合、ミルカーで牛舎中の空気や埃を多く吸引してしまった事で、生乳生菌数の増加に繋がりますので注意が必要となってきます。
搾乳機器の洗浄・順序良く正当な搾乳を行っているにも関わらず、生菌数が1万以上である場合は、泌乳牛の中で乳房炎に罹患した個体がいる確率も高いので、余裕があれば搾乳作業の際にでも、乳房炎の疑いがある牛には、簡易乳汁検査(PLテスター)を推奨致します。
次に体細胞数についてですが、この基準値の30万以上を超えた生乳は明らかに乳房炎乳牛が存在している事が明確なので、出来る限り早くその乳牛を見付け、その個体の生乳出荷を停止しなければいけません。基準値30万を超えた生乳を出荷するという事は、極論で言うと「腐敗に近い生乳を出荷している」意味になります。体細胞数20万台では未だ許容範囲内ではありますが、既に乳房炎初期症状を患っている乳牛がいる可能性がありますので、その牛の早期発見と搾乳方法に注意が必要となってきます。
A抗生物質・農薬など薬剤が含まれていない事
乳房炎に罹患した乳牛には、獣医師の処方によって抗生物質の薬品を使い治療を行う場合があります。治療方法として、筋肉注射と乳頭からの薬剤注入治療がありますが、抗生物質を投与した乳牛から産出される生乳は、絶対に何があっても出荷禁止となっています。
乳房炎の生乳を1回間違えて出荷してしまった場合は、(地域によって数値の違いはありますが、金額面で例えると)最高でも10万円以下の罰金で済む事が多いですが、抗生物質治療中の生乳を出荷してしまうと、生乳を運ぶタンクローリー内の生乳(他の酪農家さんの生乳)も出荷不可能にしてしまうため、最低でも50万円以上、最悪の場合は100万円以上の罰金が課せられます。
上記の様な大負債が一気に来ると、もはや経営破綻です。またその地域の生産者さんも無利益となり、抗生物質を処方した獣医さんも責任問題に問われる事態になる場合もあり、周囲の人々は多大な迷惑を被る事になります。この様な最悪の事態を招かないため、酪農家さんは抗生物質を乳牛に対して使用した際は、絶対に出荷せずに廃棄しています。
B乳成分がバランスよく含まれている事
表題の通りですが、脂肪分やタンパク質などの生乳中にバランス良く含まれている事が重要になってきます。因みに最良生乳であるランクAの乳成分表は以下の通りです。
・『乳脂肪率』:3.7%以上
・『タンパク質』:3.2%以上
・『無脂乳固形成分(ビタミンや乳糖)』:8.7%以上
・『細菌数』:30万以下
・『生菌数』:1万以下
・『体細胞数』:10万以下
(参照:全国乳質改善協会資料)
細菌数や体細胞数の数値抑制は、衛生面や搾乳方法が関係していますので全く別問題ですが、以上の様なランクAの乳脂肪や無脂乳固形などの乳成分の生乳を生産するには、日々乳牛に給与する飼料の給餌バランスが重要となっています。牧草やヘイキューブなどの繊維質に富む粗飼料は、乳脂肪の向上に大きく影響し、穀物系といったカロリーが豊富な濃厚飼料系は、乳量および無脂乳固形の向上に影響します。粗飼料・濃厚飼料は、車の両輪の如く、どちらも欠落してはいけませんし、どちらかが多過ぎ・少な過ぎというのでは駄目なのです。
筆者が以前勤務していた牧場で、乳牛が濃厚飼料の採食は良いのですが、粗飼料(乾草)の採食量が悪化し飼料バランスが崩れてしまったために、乳量が増え、乳脂肪分が極端に落ち込んでしまい、自社で販売していた牛乳を、乳脂肪分が基準値以下という事で、販売出来ないという大失敗をした事がありました。何とも痛い思い出でありますが、それ程、飼料給与バランスが重要という事であります。
C加水や加熱、その他異常混入物が無く、純粋新鮮な生乳である事
これも当たり前と言えば当たり前の事なのですが、良質な生乳には水や熱を加える事は禁止されており、埃や牛の飼料や敷料・糞尿の混入を防止しなくてはいけません。
筆者の記憶では、約20年前(かなり以前ですが)にある酪農家さんが、出荷する生乳へ故意に多量の水を注入し、乳量を(文字通り)「水増し出荷」したとして逮捕されたニュースを見た事がありますが、牛乳生産者失格の行為であります。
D新鮮良好な風味と特有の香気があり、異味異臭が無い事
Cに続き、これも当たり前と言えば当たり前の事でございます。皆様に新鮮の牛乳を提供するため、「昨日の夕方搾乳の生乳」と「当日の早朝搾乳の生乳」を合わせてバルククーラーで短時間保管し、出荷しています。2日以上バルク内に保管して出荷するという事は滅多にありません。
E生乳特有の白色または淡クリーム色であり、適当な粘度がある事
皆様ご存知の様に、市販されている牛乳は白色となっています。牛乳(乳飲料)の原形となる生乳も無論白色が主ですが、市販されている牛乳より生乳は乳脂肪分や無脂固形成分が高いため、(表題にある通り)淡クリーム色も含まれている上、若干の粘り気があります。もし乳自体が明らかに淡クリーム色が弱く粘り気が無い場合は、乳牛に対する給餌バランスが悪いなどが原因となり、乳脂肪などの成分が低いという事を意味しています。
以上、良質な牛乳が備えるべき6条件について紹介させて頂きましたが、これらの厳しい条件を備えている生乳のみが、乳飲料や加工品として商品化販売される事が許されていますので、是非とも皆様には安心して牛乳をお飲み頂ければ幸いです。
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