乳牛の血統登録事業と、その目的とは?
数ヶ月前、筆者が執筆させて頂いている拙い記事の編集・掲載といった諸々手間がかかる作業をいつも担当して下さるIさんから、『最近、酪農・乳牛関連記事の執筆が少ないのではないか?』という貴重なご指摘を頂戴しました。いや全くIさんの仰る通りであります。
筆者が、この「酪農と歴史」を主題に様々な関連記事を執筆させて頂いて丁度1年が過ぎましたが、最近はどうも、(Iさんのご指摘にあった)主題の芯であるべき「酪農(乳牛)記事」の執筆から遠のき、「騎馬武者/騎兵隊」など、自分の嗜好性に偏った記事ばかりを仕上げてしまっていました。
このページ内のトップにも書いてある通り、筆者は歴史物を調べたり書いたりするのが好きな性分であり、極端に悪い述べ方をしてしまえば、最近は、自分の好みを優先した自慰執筆ばかりしていたという傾向にありました。これに歯止めをかけて下さった担当者Iさんに感謝しつつ、この辺りで、記事執筆の舵方向を主題である「酪農・乳牛」に戻してゆきたいと思います。
上記の経緯により、酪農・乳牛記事を執筆するために、それらに関連する書籍を(殆ど久方ぶりに)漁っていた中、先ず『乳牛の血統登録事業』という項目が目に入りました。これについて未だ一度も、今記事サイトで紹介させて頂いてことは無く、馬の血統登録事業は一般的によく知られていると思いますが、乳牛の血統登録事業は、あまり知られていないと思いますので、今回の記事では、乳牛の血統登録について少し紹介させて頂きたいと思います。
日本で、本格的に乳牛の血統登録事業が開始された当初(明治期後半)は、全国の乳牛品種、それらの飼養頭数が少なかったので、単にホルスタイン・ジャージーの各々の「純粋種の証明」のみを主目的としていましたが、時代が経つに連れて、飼養頭数も増加し、品種改良技術の進歩によって、一頭当たりの産出乳量も増加し、酪農生産者諸氏は、より多くの牛乳を産出する優秀な乳牛を多く飼育という情勢になりました。その酪農情勢に伴って、現在では、乳牛血統登録事業の目的も多様化し、純粋品種証明のみに留まらず、『優良な血統乳牛個体管理』・『不良な乳牛血統の淘汰』・『近親交配や遺伝子不良乳牛誕生の防止』等々、優良な乳牛の子孫をより多く残してゆくための『交配記録』という酪農経営で重要な役目も担うようになっています。
一般社団法人日本ホルスタイン登録協会の公式HP内で、乳牛血統登録事業について以下のように記述されています。
『個体記録の根幹をなすのが血統登録です。いつ、どこで、どういう父母から生まれたかという血統情報があって始めて、近親交配や遺伝的不良形質の発現を防ぐことができます。また、血統の特徴は泌乳能力や体型面によく現れます。血統の記録を牛群検定や体型審査成績と結び付けることによって、血統の特徴を生かした改良を的確に行うことが可能になります。すなわち、登録は、酪農家の交配計画に有効に活用されていることは言うまでもありません。』(「牛群改良の第一歩は登録から」 より抜粋させて頂きました)
また同協会公式HPでは、血統登録事業の長所も書かれてあり、『登録証明書によって父母、祖父母など血統が明確になるとともに、協会に永久的に保管される』・『遺伝的に優れた血統をより確実に残すことができる』・『遺伝的に優れた血統をより確実に残すことができる』・『強度の近親交配を回避できる』・『能力、体型等の付加情報によって個体販売が有利になる』などが列挙されており、協会は生産者に血統登録を推奨しています。
血統登録事業によって、酪農経営が即効性で改善向上されるのは困難ですが、優れた産出乳量の乳牛血統を選出が可能となり、その系列を牛乳生産の主力として、将来の酪農経営の発展に繋げてゆく根本が、今事業の強みでしょう。
今記事をお読み下さっている読者様の中で、「つまりは、乳牛血統登録事業は、役立つ牛のみを残し、役に立たない牛を排除してゆく事ではないか?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。確かに人道的に考えてしまえば、今登録事業は「優れた乳牛血統は残し、劣等な乳牛は淘汰(排除)する」という、残酷な『乳牛のリストラ事業』の側面も含まれていますが、産出乳量が少ない劣等な血統乳牛も淘汰屠畜される事によって、日本の牛肉生産業の一翼も担ってもいるのです。決して劣等乳牛は無駄死にしておらず、我々人間のために食肉として、大いに役立ってくれています。
出来る限り、優れた乳量を誇る乳牛を残し、運営していかなければならないのが、全酪農経営の現状でございます。その点も、皆様にはご理解をお願い申しあげたいと思っております。
乳牛血統登録事業の経緯
世界の牛の血統登録事業の歴史を見てみると、何と紀元前700年のギリシアで、「牛籍簿」がつくられており、恐らく簡易ながらも、紀元前には、既に牛の登録事業が行われていたのがわかっています。近代的な牛の血統登録事業がはじまったのが、1822年に英国にてコーツという人物によって牛(恐らく肉用)の登録簿が刊行されたのが、世界初の牛血統登録事業であり、乳牛の場合は、1866年、英国王立ジャージー島農会(1833年に設立)によって刊行された「乳牛登録報告書第一巻」が、乳牛血統登録事業のはじまりとなっています。
因みに、この18世紀後半〜19世紀初頭の英国では、現在の家畜動物登録事業の基礎となる原形事業が開始されており、馬のサラブレッド種の血統登録事業が、乳牛よりも早く開始されています。更に余談になりますが、英国で頻繁に牛や馬の血統登録事業が行われている19世紀初頭の日本は、未だ江戸幕末の大動乱時期であり、家畜動物の登録事業について構っておられる状況ではなく、国内で乳牛血統登録事業が初めて行われるのが、1908(明治41)年に設立された「日本帝国ジェルシー種牛協会(現・日本ジャージー種登録協会)」のジャージー種血統登録事業となります。
以上、乳牛の血統登録事業について、少し紹介させて頂きましたが、別記事にて「乳牛の住民票」というべき、「乳牛個体識別番号」について紹介させて頂きたいと思っておりますので、そちらの方にもご興味を持たれた方は、良かったらご一読下さいませ。
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