乳牛搾乳機械・「ミルカー」

 乳牛に使う道具の第一位を答えよ、と言われれば、筆者は『ミルカー』と答えます。これで毎日牛乳を搾ります。ミルカー無しでは、搾乳作業を出来なくなり、一日も酪農業が勤まりません。
乳牛は4つの乳頭があり、それらから牛乳を搾りますが、乳量が少ない乳牛でも1日最低10kg以上は出ます(朝乳量約5kg/夕乳量約5kg)。これ程の量を手搾りでは、到底無理です。昔の搾乳は、勿論手搾りでやっていましたが、古来の乳牛は、現在と違って品種改良されていないので乳量少なく、世間も冷蔵保存機能などの低さにより牛乳の需要も低い状況でもあったので、手搾りでも十分に間に合ったのです。因みに1960年頃まで手搾りが主流であり、ミルカーが本格的に利用され様になったのは70年以降です。
 ミルカー歴史は浅いですが、更に技術進化を続けており、筆者は未だ実物を見たことがありませんが、現在に至っては「搾乳ロボット」も登場し、米国等の海外の酪農家さんの間で普及しつつあります。搾乳ロボットとは、各々の乳牛のデータを読み取り、乳量・乳房の形を読み取り、全自動で搾乳を行ってくれる事という、極めて近未来的で農家にとっては夢のような機械ですが、お値段もそれだけ高値ですので、世界各国に普及するには未だ時を要する事でしょう。

 

 現在利用されているミルカーは、減圧真空の吸収力を利用して牛乳を搾ります。掃除機を思い出してみて下さい。掃除機の様な強い吸収力で牛乳を搾り取ります。しかしただ無造作・力任せに搾るのではなく、乳牛の乳房・乳頭に余計な負荷を与えることを避けるため、人が手搾りしているリズムに似た間隔で牛乳を搾ります。
 ミルカーの種類は2つに分けられ、「バケツ(バケット)型」と「パイプライン型」があり、バケツ型は仔牛用の給与牛乳・乳房炎および治療中・出荷不可能牛乳の搾乳に利用しパイプライン型は、牛舎内にミルク通路パイプ・ミルカー真空パイプが設置されており、その2つのパイプラインを利用して、出荷用牛乳の搾乳を行います

(ミルカーの一例。牛に余計なストレスを与えないために、リズム良く搾乳を行うように設定されています)

 


(バケツ型ミルカーの一例。仔牛に飲ませる牛乳などを搾ります)

 

 ミルカーの使い方ですが、牛乳は食品で人様のお口に入りますので、搾乳前後に毎日必ず洗浄・消毒を徹底的に行います。そしていざ本番の搾乳でも、いきなりミルカーを乳牛の乳頭に装着するのではなく、先ず乳頭を専用タオルや消毒ペーパーなどで汚れを拭き取り、少し手搾りを行います。この作業を前搾りと呼んでいますが、この作業を行うことによって乳頭を刺激することによってホルモン(オキシトシン)が分泌され、牛乳の出を良くする以外に、乳頭内に残留している細菌の多い乳を吐き捨てる事が出来ます。この前搾り後、再度専用ペーパーで乳頭を綺麗に消毒します。

 

 前搾り・消毒後、漸くミルカーを乳牛に装着します。ミルカーでの搾乳所要時間は1頭当たり5分、長くて10分です。それ以上続けてしまうと、乳頭に負荷がかかり負傷、そこから菌が乳房内に侵入して乳房炎になる可能性が大きいので、酪農家さんは、飼育している各々の乳牛の乳量を把握し、ミルカーの装着時間に気を遣っています。この問題は、酪農家さんの永遠の課題の一つです。
 搾乳が終わりミルカーを外した後、専用消毒・ディピング液(ヨード液の薄目)を乳頭に散布します。因みに搾られた牛乳は、先に述べた舎内のミルカーパイプ内を通って、専用タンクに貯蔵されます。次はその専用タンクについて紹介させて頂きます。

牛乳貯蔵タンク・「バルククーラー」

 ミルカーによって搾られた牛乳は専用パイプラインを通過し、貯蔵専用タンク『バルククーラー』に貯蔵されます。このバルククーラーもミルカーと同じく、搾乳前・牛乳を出荷後に必ず徹底的に酸性洗剤で洗浄、塩素消毒を行います。
 全てのバルククーラーには、搾り立ての牛乳の品質を保持するため、必ず電気冷蔵機能が併置されており、シーズン関係無く約5℃前後まで冷却(搾り立て牛乳は30℃前後あります)する事によって、春期〜秋期は、牛乳の細菌増殖・腐敗を防ぎ、冬期は凍結を防止します。
 ある寒い冬の日の早朝搾乳の折、筆者が勤務していた牧場でバルククーラーのスイッチがオフになっており、昨日の夕方に搾った牛乳が完全に凍結状態になっていました。長野県諏訪市にある諏訪湖の美しい凍結は有名ですが、当時の凍結牛乳も、白く美しい凍結湖をなしていました。この様な状態になってしまっては、最早牛乳廃棄するしかありませんでした。凍結した以上は、牛乳の水分と成分(脂肪など)が分離してしまっているので、出荷不可能となります。

(牛乳を新鮮に貯蔵する冷却タンク・バルククーラーの一例)

 


(バルククーラー内部の一例。内部には撹拌翼が付いており、均等に撹拌する事によって、牛乳成分の片寄(ムラ)を防いだり、タンク内での牛乳凍結を防ぎます)

乳牛のウォーターサーバー機、『ウォーター・カップ』

 前回の記事(牛乳ができるまで)でも申しましたが、牛乳は乳牛の『血液』から造られています。1L牛乳を出すに当たって約250Lの血液が必要だと言うわれています。1日20L出す乳牛は何と『約5000Lの血液(ドラム缶約25本相当)/日』を消費している事になります。そして皆様ご存知の様に、血液は主に『水分』『塩分』で形成されています。
 毎日牛乳を正に心血注いで出してくれる乳牛は毎日大量な水を飲みます。『牛飲馬食』という四字熟語がある通りでして、1日多い時で『50L・暑い夏場の場合約100Lの水を飲む』と言われています。1・2頭の乳牛でしたら、犬や猫などの様に、人の手で飲料水を補給交換が可能かもしれませんが、酪農家さん1戸当たり10頭以上の乳牛は確実に飼育しているので、これ程の頭数の飲料水を人の手作業は不可能です。
 そこで活躍するのが、乳牛のウォーターサーバーこと『ウォーター・カップ』です。昨今人間世界でもウォーター・サーバーが話題になることがあるようですが、乳牛達は昔から利用しているのです。
 構造は至って簡単でして、カップ自体は強固プラスチック・ステンレス・陶器などで造られており、凡そカップ上部中央に水射出ボタンが付いています。乳牛が飲みたい時に、勝手にこのボタンを乳牛達が自分の顔(横頬)で押す事に拠って、飲料水が出るという仕組みになっています。最初ウォーター・カップを見た乳牛は使い方が解らず、喉の渇きを覚えた時は困惑する事が多いですが、飼育者がボタンを押して何度か教え覚えさせたり、使い方を知っている先輩乳牛が近くにいる場合は、使っている姿を見て覚える場合もあるようです。
 
(ウォーターカップの一例)

 

 ウォーター・カップは給水パイプに接続設置されており、乳牛がカップのボタンさえ押せば絶えず水を飲める様に工夫されいます。
しかし例外がありまして、冬季(特に1〜2月)には昼夜問わず、しばしばパイプ・カップのボタンが凍結してしまい、乳牛が断水状態になることもあります。筆者の場合、朝の搾乳作業に来たら、先ずパイプやボタンに熱湯を掛けて、氷解作業をした事が多々あります。これを無視して飼料給与・搾乳を行うと、ただでさえ喉が渇いているのに、乾いた物を食べた上、体内血液を消費する搾乳をされたのでは、乳牛には生き地獄となってしまいます。
 パイプ・ボタンが凍結するのは未だ良い状況でして、更に深刻なのは、パイプが凍結破裂し、牛床やエサ箱が洪水状態になる事です。寒中で水処理作業、筆舌には尽くし難いです。筆者の牧場では、設置されていませんでしたが、優れた酪農家さん方々は、パイプ外周に伝熱コイルを設置して凍結防止に努めています。

乳牛のお手洗い『バン・クリーナー』

皆様既にご承知と思いますが、乳牛の飲食量はとても多く、1日で約30kg以上の飼料・約50?の水を摂取します。その多量の飲食に比例して、糞尿量も多くなるのは必然の道理であります。
筆者も正確に1日の乳牛糞尿量を測ったことはありませんが、『1頭1日当たり:約20kg〜30kg・10L〜20Lの糞尿』の数量はあります。この量が何十頭(もっと多い場合は何百頭)の乳牛がいると、凄まじい量になります。皆様、牛がいる牛舎は臭いイメージが強いと思います(実際その通りです)が、原因は、何十頭もいる乳牛の日々多量の糞尿にあります。

 

 これ程の糞尿を人の手で処理するのは、相当辛い作業です。そこで役立つのが、『バン・クリーナー』です。一言で申せば乳牛のトイレです。
 我々人間のトイレは、ほとんど水洗式トイレですが、乳牛のバン・クリーナーは、回転(ベルトコンベア)式となります。工場のベルトコンベア作業、もっと身近な物で例えさせて頂くと、回転寿司の回転構造と類似しております。
乳牛を牛舎内で鎖で繋いで飼育している方法を「繋形式」と呼びますが、その形式ですと、乳牛(牛床)後方に横長溝があり、その中を爪付チェーンも同じ横長に走っております。これがバン・クリーナーの典型的な構造です。そのバン・クリーナー内に、乳牛はトイレを行い、糞尿でいっぱいになったら、モーターで爪付チェーンを稼働せて糞尿を牛舎外(堆肥舎および運搬車)まで運んでいく仕組みになっております。

(バン・クリーナーの一例)

 

 バン・クリーナーは便利な道具ですが、只でさえ酪農機械は特殊ですが、バン・クリーナーは、その中でも、更に特殊な機械なので、専用チェーンや稼働モーター等の一部品も大型であり、各々の値段が相当高いです。一度筆者が勤務していた牧場でも、バン・クリーナーが破損したので全部品を買い替えたら、200万円以上しました。よって他の小規模な酪農家さんは、乳牛後方に溝のみ掘り、手作業で糞尿を処理するケースもあります。

 

 他にも色々と酪農で使う道具や機械がありますが、今度機会があれば、乗用大型機械や獣医師が使う道具なども紹介してゆきたいと思っております。

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