乳牛の栄養測定・BSCとは?
酪農家さんが出来る乳牛の健康管理は、『日々日常の観察』の一言に尽きます。そして、この日常的な観察は乳牛を飼育している酪農家さんにしか出来ません。
その観察の重要点としては、活力・糞尿状態・毛づや状態などがありますが、中でも一番重要なのは『食欲と採食量』の観察です。飼料採食量は乳牛の健康状態が正常であれば一定ですので、それに変化がある場合は何か問題があるという事なので、人間と言葉を使って会話を出来ない乳牛の採食量観察方法は、最高の健康チェックでもあります。
採食が悪いのは栄養状態が悪いという事なので、当然活力が減少し毛づやの悪化すると同時に痩せていきます。そうなるとどうなるか。以下の如くです。
乳牛を含める動物は栄養状態によって、飼料や食物から摂取した栄養素を利用する順位を変える仕組みになっています。飢餓状態の場合には、生体維持のため栄養が利用されますが、逆に栄養摂取が過剰になった場合は体脂肪として蓄積(つまり肥満)されたり、次回の繁殖に栄養が配分されます。
もし乳牛が、病気など生理的悪条件によって、十分な栄養摂取が出来ない場合、先ず繁殖への栄養供給が止まり、次いで体内に蓄積している脂肪への供給が止まり、体脂肪率が減少します。この栄養摂取の悪さが続くと、今度は牛乳生産量が減少・体格の成長停止、そして妊娠している場合は、胎児の成長にも悪影響を及ぼす事があります。更に卵巣の活動も抑制され、種付(交配)の際に必要な正常発情が見られなくなります。余談ですが、我々人間も同じであり、もし「食欲」が十分に満たされず飢餓状態に陥ると、男女の繁殖機能障害にもなりますが、何よりも先ず子孫繁栄の最重大の「性欲」まで決して満たされる事はありません。
乳牛が飢餓状態・極度の痩身が続くと、日々の牛乳生産に大きな影響があり、更に次回種付けに必要な発情が無くなるという繁殖障害も起こすので、飼育者である酪農家さんは、定期的な乳牛の栄養測定を行っています。それが今記事で紹介させて頂く『BCS(ボディコンディション・スコア』です。
BSCとは、乳牛の「腰部の背線」「腰部の横突起」「腰角部」「坐骨部」「尾根部」の5部位を基準とし、水平起立状態で大局的に骨格と肉付きのバランスを主に視覚・触診で判断し、痩せすぎ・痩せ気味・適度・肥満気味・肥満の5段階で測定する事です。「極端な痩せスコアは1〜2」、「適度スコアを3〜3.5」、「極度な肥満スコアを3.6〜5」として体脂肪の蓄積をはじき出します。
@1〜2のスコア乳牛:飢餓状態に近い乳牛。腰部の背線や腰角部など基準全5部位の肉付きが極度に少なく、骨格部のみ棘突起(キョクトッキ)状態になっているという、一見するだけで痛ましい姿であることが判ります。この状態を長く放置しておくと、先述の卵巣活動の停止などの繁殖障害・ケートシス(ケトン症)の代謝障害も発生する公算が大きくなります。これらの障害を防ぐためグリセリン(糖蜜液状)を、食欲が回復し採食量が一定に戻るまで、1日に間隔を開けて何度も乳牛に経口投与する場合があります。
A3〜3.5のスコア乳牛:最適スコアであり、腰部の背線はなめらかで、他の部位の1つ1つの棘突起が見えず、各々の肉付き具合と骨格のバランスが良く、触診しても滑らかな感触です。この状態を維持できれば、乳牛は過不足なく適度な栄養状態であり、胎児成長期や分娩の際にもプラスに働きます。筆者勤務牧場の担当獣医さんの見解に拠れば「スコア3.8」で乾乳期を迎えれば最高だそうです。
B3.6〜5のスコア乳牛:肥満な乳牛です。極度な乳牛は肉付きが多くなり過ぎて、腰部横突起の骨格凹みが殆ど無くなります。日々の牛乳生産量が少ないにも関わらず、飼料の給与量が多いと忽ち肥満乳牛となります。この様な状態ですと、脂肪肝にもなっている可能性が非常に大きいので代謝機能が低下し、分娩の際に低カルシウム症(乳熱)の代謝障害が発生する問題があります。やはりどの動物も肥満は、百害あって一利無しという事であります。
BSEは飽くまでも、精密機械などで正確に測定するのではなく、人間の触診などで判断するので、判定者の主観によってスコアが変わったり、微妙な間(特に3〜3.5)のスコア判断の難しさ等の問題点はありますが、現時点では、BSEが現場で、直ちに乳牛の栄養状態を判断出来る唯一の有効手段ですので、酪農家さんは(筆者が知る限り)、皆実践しています。筆者の場合、BSCは月1回定期的に行われていた担当獣医師の検診(妊娠鑑定)の際に一緒に行い、先生の意見を聴きつつ、今後の飼育管理について参考にしていました。
(参考書籍:新しい酪農技術の基礎と実践 農文協)
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