ミルカーの技術革新史

酪農に従事する人達は、毎日2回、決められた時間に搾乳を行い、その作業時には牛乳を搾る機械・『ミルカー(搾乳機)』が必需品となっています。現在の酪農業ではミルカー絶対必要不可欠な機械となっています。ミルカーの形式や構造などについては、別記事「酪農に使われる道具とは」で既に紹介させて頂いておりますので、今記事では、(表題の通り)、ミルカーの歴史や進化を少し紹介させて頂きたいと思います。

 

 別記事「搾乳作業の変移」内でも紹介させて頂きましたが、古代といった小国寡民時代の大昔から近代に至るまで、乳量が少ない古代乳牛の搾乳は行われていましたが、勿論、その折は現在の様な機械ミルカーは存在せず、人間の手によって少量の牛乳が搾り採られて、食用などにされていました。しかし、時代が経つに連れ(特に18世紀頃の近代から)、世界人口が急増し、それに比例して牛乳(食料)の消費量も飛躍的に高まり、人々は更に多くの牛乳を出す乳牛を得るために品種改良が行われ、優れた乳牛(ホルスタイン種など)が誕生し、個々の乳牛の産出乳量が伸びました。
 乳量に優れた乳牛が誕生してゆく機運の中では、古代形式の搾乳方法、つまり手搾りのみでは、人々(時代)が欲する分の牛乳量を生産するのは不可能となり、搾乳技術にも技術進化が必要となってきました。その経緯を経て誕生した機械が『ミルカー』になります。

 

 現在のミルカーは機械化されており、真空圧で牛乳を吸引する形式となっていますが、1851年、英国では既に、真空吸引式ミルカーが考案されていました。未だ19世紀中盤であり、その当時の日本は江戸時代末期でしたが、現代のミルカー形式の原型は、海外で既に完成していたのです。因みに、真空ミルカーが考案された19世紀中盤の英国、そして西欧州諸国では、農業革命によって急激に人口が増加し、更に産業革命で正に機械工業の革新時代の最中であったので、牛乳をより多く効率的に搾れる機械が誕生するには格好な時代であり、その証拠に19世紀後半〜20世紀前半(1890年〜1920年代)は、英国やオーストラリアなどの諸国では、正にミルカーの技術革新時代であったのです。そのミルカーの技術躍進を年表で整理させて頂くと以下の通りになります。

 

@1851年 英国で真空吸引式ミルカーが考案される。

 

A1892年 スコットランド(英国北部)で、ミルカーの「ライナー部分」の基本形が発明される。
 *ライナー部分とは、搾乳時に、乳牛の乳房に装着する細長い部分となります。乳牛の乳房は4つありますので、それに合わせてミルカーのライナーも4つあります。

 

B1895年 真空を拍動させる「パルセンター」が英国で開発される。
 *パルセンターとは、ただ掃除機のように、牛から乳を搾り採っていたのでは、乳牛に大きなストレスと負荷を与えてしまうので、(牛に対して)負荷が極めて少ない子牛の吸引(手搾り)のリズムを模した圧力変化(拍動感)をつけるための部品となります。

 

C1903年 オーストラリアで、「二重室ティートカップ」が考案される。また同時期に、ミルカー内で、搾った牛乳の流れを良くする「ブリーダーホール(ギリースの穴)」も考案される。
 *ティートカップとは、これも乳牛(母牛の乳房)に大きな負荷を与えないために、子牛の吸引と同じ陰圧式で吸引するために考案された部品となります。Aで紹介したライナーとセットで構成されます。

 

D1910年頃になると、エンジンで稼働させるミルカーが発明される。

 

 CDの時点で、現在のミルカーの基本要素が出揃った時期と言われており、当時から酪農大国であった米国・オーストラリア・英国で大いに市販されるようになりました。記録に残っている点では、やはりミルカーの生誕地である英国では、特にミルカーの市販が活発であり、その証拠に1913年に、王立農業協会の主催で、ミルカーの品評会が行われ、13社が開発したミルカーの性能(搾乳能率)について競っていたそうです。

 

E1922年、英国でエンジン(発電機)・真空ポンプ・洗浄用水ポンプ・ボイラー等を搭載し、放牧地を移動しながら搾乳可能なシステムが登場。

 

 既にEの時点で、現在に匹敵する搾乳技術およびシステムが英国で確立されていたのです。因みに、上記のE当時の日本は大正末期であり、搾乳は未だ手搾りが主流であり、機械ミルカーが本格的に導入されるのは、昭和35年以降(酪農の専業化が進んだ時期)になります。
 当時の英国や米国などの先進国の搾乳技術と手搾りで搾乳をしている日本とでは、大きな隔たりを感じることを禁じ得ません。余談になりますが、搾乳技術1つを例にとって観てもわかるように、技術で遥かに劣る日本が後年(昭和期)に英米を中心とした先進国と戦争したのですから、滑稽でありますね。

 

 1940年代(日本では昭和15年頃)に入って、「乳牛の催乳ホルモン(オキシトシンなど)の分泌を促進させる刺激とミルカーによる搾乳の関係」を整理した研究が世界(日本は除く)で発表され、効率的な搾乳方法やミルカーの最適仕様が提言されるようになり、1950年代以降、現在とほぼ同じ基本的な機能を持つミルカーが販売されるようになりました。

 

 以上、ミルカーの技術進化について記述させて頂きました。書くのが前後致しましたが、1889年、英国にて、搾乳方法の一連で、現在の搾乳方法の1つとして現存している『パイプラインミルカー(牛舎で繋ぎ飼い状態の乳牛を搾乳し、集乳所まで搬送する搾乳方法)』の原型が誕生しており、当時では、既に搾乳機械のみではなく、搾乳システムも考案されていました。システムについては、次回の記事で紹介させて頂きます。

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