神社に残る厩猿信仰の名残り

 先の記事「猿まわしと馬の関係」で、猿を馬の守り神とする『厩猿信仰』と、その古代の人々の信仰心から現在でも残っている『猿まわし』という風習文化が誕生した事を少し紹介させて頂きました。時が移ろい、時代・文明・文化が変革を遂げた現代では、厩猿信仰や猿まわしは、盛んであった日本中世に比べると衰退しているのは事実ですが、しかしそれらの風習が全く絶えてしまったのか?と申せば、決してそうでなく、今でも日本各地には厩猿信仰が息づいています。やはり信仰という区域になりますので、特に各神社によって厩猿信仰を象徴する物が大切に安置されています。今記事では、「厩猿信仰の名残り」と銘打って、日本各地に残る厩猿信仰について紹介してゆきたいと思います。

 

@栃木県日光市に所在する日光東照宮境内にある神厩舎(しんきゅうしゃ)にある猿の欄間(らんま)。
 皆様よくご存知の日光東照宮。江戸幕府の創始者・徳川家康を東照大権現として祀った神社ですが、その境内に神馬(しんめ)を入厩させる「神厩舎」が、1635(寛永12)年に造営されました。その天井と鴨居との間の部材・欄間(長押・なげし)に猿が彫られています。神が騎乗する馬(神馬)を守護せんがために、猿の欄間を取り入れた事を物語っています。
 因みに、この猿の欄間は8面ありますが、人間の一生を物語っている構成になっており、幼少〜青年期を経て、結婚し親になるまでの流れを猿の彫刻を以って表現されています。そして、欄間8面中、2番目にあるのが、親が子に対する願望を描かれている有名な『見ざる・聞かざる・言わざる』で有名な『三猿』です。
 日光東照宮の神厩舎内には、本物の神馬(白馬)が午前10時〜午後2時まで入厩され、一般公開されています。

 

A神奈川県高座郡寒川町に所在する寒川神社にある神厩舎にある猿が神馬の手綱を曳く彫像。
 相模国(神奈川県)の一宮で、源頼朝や戦国武将など武家にも厚く信仰された八方除で有名な寒川神社。此方の神厩舎は、昭和天皇ご在位50年を記念して建立されました。上記の日光東照宮とは違い、本物の馬は入厩されてはいませんが、昭和の彩色彫刻の泰斗・平野富山(ひらのふざん)師が作成した、猿が神馬の手綱を曳いた彫刻像が奉納されています。

 

B茨城県稲敷市阿波(あば)に所在する大杉神社の境内社である勝馬神社の石像・安馬(あんば)さま
 絢爛な社殿があるので、「茨城の日光東照宮」と呼ばれ、地元の方々には「あんばさま」という愛称で親しまれる大杉神社境内南東に、勝馬神社があります。この名前からして縁起良い神社の歴史は、平安時代、近隣の美浦村信太に、朝廷官営馬牧場(信太馬牧)があり、その官営牧場で飼育されている馬を守護するために、862(貞観4)年に馬櫪社として祀られたのが、始まりとなっています。平安末期には官営牧場が退廃していったので、鎌倉時代に大杉神社境内に編座され、2006(平成14)年に現地に社殿が建立され、現在に至っています。
 勝馬神社の社殿の造りは、(大杉神社の拝殿に比べると)質素そのものですが、その殿内に、猿が神馬を曳いた石像が安置されており、この猿石像が「安馬さま」と呼ばれています。石像の造りを見てみる限り、「猿が神馬を曳く」というデザインは、Aの寒川神社の神厩舎内ある猿と神馬の彫刻像と同じです。最も寒川神社の方が造りは、より細やかですが。
 因みに、現在、かつて朝廷官営牧場・信太馬牧が存在した、美浦村には日本中央競馬会(JRA)の巨大施設・美浦トレーニングセンターがありますが、そこの職員や関係者が、勝馬神社に祈願に訪れるそうです。また競馬ファンの間でも神社の存在は有名(勝馬という名前の良いですね)だそうです。
 勝馬神社が有する独特な風習として、社前に安置されている石造りの飼槽には蹄鉄が大量に奉納されており、絵馬には競走馬で利用される蹄鉄(馬蹄)が付けられた『馬蹄絵馬』という独特な絵馬が存在しています。面白く素敵な風習があるものであります。

 

 以上、日本各地に存在する「厩猿信仰」の名残りについてのほんの一部を紹介させて頂きました。大きな神社に参詣すると、大抵、神馬の石像などが安置さてれいると思いますが、もしかしたら周りに猿の像もあるかもしれません。もし良かったら今度、お近くの神社に参詣して探してみて下さいませ。
 紹介が前後してしまい申し訳ありませんでしたが、度々今記事内で記述させて頂きました『神馬(しんめ)』についてですが、@の日光東照宮の紹介でも少し触れさせて頂きましたが、神馬とは『神様が騎乗する馬として神聖視された馬』であり、祭事に利用される馬も含まれます。
 奈良時代から富裕層が神社に馬を献納し、神社が祭事に利用する神馬として飼育してゆくという風習があると言われており、現在でも、日本を代表する大神社(先述の日光東照宮、伊勢神宮、多度大社、宇佐神宮、金毘羅宮など)が実際に神馬を飼育しております。
 上記の馬を神社に献納するという習慣が、我々現代人が神社に参詣・参拝した折に、祈願として奉納する『絵馬』に繋がってゆくのですが、この事については別記事で紹介させて頂きます。