馬の家畜化
現時点で、野生の馬が家畜化された最も古い記録は、東ヨーロッパの国の1つであるウクライ南方にある新石器時代(紀元前3500年頃)の遺跡から鹿角で出来た馬具(ハミ)や馬の頭蓋骨などが発見されていてます。また最近の世界各地で行われた馬の出土遺骨からの毛色遺伝子検査よれば、紀元前1万年以前の馬の毛色は鹿毛のみでしたが、先述の新石器時代頃には、既に栗毛色や斑点毛色の馬が出現していたという結果が出されています。
馬が家畜化された当初は、食用目的で飼育されたと考えられていますが、牛やヤギ等の他の主要家畜動物と比較すると、馬の家畜化は年代は遅いものでした。しかし、ひとたび馬が家畜化されると人間は、食用肉以上に『使役』としての高い利用価値を見出し、軍事・物流・通信・農業労力といった役割を担わせ、人類の歴史の構築に役立たせたのです。とりわけ軍用馬としての役割は、中世のモンゴル族から推察できる様に民族や帝国の興亡の成否を握る動物であったという点では、牛など比較にならない程の巨大な存在であった事は間違いあいません。
馬が上記の様に人類の歴史の中で長期間重用されてきた理由として次の事柄が挙げられます。温順な性格で学習能力が高く、品種改良を経てゆく度に進化したスピードとスタミナを獲得していたと同時に、体格面でも固い脊椎・長い頸を持つ身体に進化していったので、人は安定した乗馬が可能になりました。また極め付けは、馬の歯並びの特徴です。乗馬の際にハンドル(制御)役をするハミ(棒)を装着する折に必要な『歯槽間縁(歯が無い部分)』が馬にある事が、今日の人と馬の関係を築き上げたのです。
軍事目的での馬の利用は、戦争史ひいては人類史に大きな影響を与えた事は先に述べさせて頂きましたが、勿論戦争目的のみで利用されておらず、走る速さを活かして情報システム制度(後の駅伝制や伝馬制)の確立にも大きな役割を果たし、強靭なスタミナは農耕労力としても活躍しました。
これ程多方面に活躍している家畜動物なので品種改良は古くから頻繁にヨーロッパヨーロッパで行われてきました。古代ローマ時代には馬匹改良や繁殖の試みがされていました。方法としては、スピードある小型馬とスタミナに富む大型馬を交配させる事で、スピードとスタミナを兼ね備えた馬を産出させていました。また中世〜近世の欧米の王侯貴族が中心となり、同様の改良方法を用いて更なる駿馬を創り出す事が繰り返されました。
しかしこの馬匹改良法は、馬の体格などは改良させていきましたが、飽くまでも古代的な物で煩雑であったので現在の様に、馬匹血統がしっかりと管理されて記録される事はなかったので、近親交配などの繁殖問題も多くありました。
最初に、家畜を体系的に交配し、目的に合った品質の個体を均一化、更に改良を加えて血統管理し記録してゆくという現在でも行われている品種改良技術の先駆者となったのは、18世紀に英国人のロバート・ベイクウェル(1725〜95)という大地主であり、彼は牛や羊でこの繁殖方法を確立し、英国畜産、ひいては世界の畜産で多大な功績を遺しました。そして、この改良技術を馬の繁殖に適用したのが、ロバートと同じく英国人であり、彼とほぼ同世代であるジェームス・ウェザビー(1733〜94)という人物です。
ジェームスは亡くなる1年前の1793年に、当時主に王室や貴族に各地で盛んに生産されていた競走馬び繁殖記録を100年も遡って記載した『ジェネラル・スタッド・ブック』第1巻を刊行しました。これが競走馬血統書と繁殖記録となります。他にも、彼はこの書籍を刊行するに先立ち、1773年に各地の競馬場で行われた競走馬成績を顕した『レーシング・カレンダー』という各競走馬のパフォーマンス記録を刊行しています。この2つの書籍の登場がその後の馬の品種改良の教典的存在になり、競走馬の改良が続けられ、有名な『サラブレッド』が誕生しました。そして、この品種が世界各地にいた在来馬と繁殖が行われ、アメリカクォーターホースなどが誕生しているので、馬の世界の基盤となっているのを思うと、サラブレッドの存在の大きさがわかります。
『ジェネラル・スタッド・ブック』と『レーシング・カレンダー』は、現在でもジェームスの子孫であるウェザビー家によってイギリスで刊行が続けられており、サラブレッドを生産している世界各国のサラブレッドの管理団体に、同種の書籍が刊行されています。驚くべきことに、これらの繁殖記録の過去を見ると、前述の1793年に刊行された『ジェネラル・スタッド・ブック』に掲載されている当時の種雄馬まで正確に遡る事ができます。またそれと同時に、各々の競走馬としての成績も知ることができます。これでわかるのは、サラブレッドは『家畜史上初めて、人類の手によって産出された品種』という事になります。
余談ですが、作家の司馬遼太郎氏は、英国人をはじめとする欧米諸国の史料や記録の優れた保管能力について講演会で語っておられましたが、この事は英国サラブレッドの品種改良記録でも覗う事が出来ます。
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