馬の基本飼料は「マメ科植物」

 現在、国内外にある乗馬クラブや競馬厩舎で飼育されている乗用馬や競走馬は、其々の使用目的によって日々給与される飼料の種類や量の違いはありますが、どちらにもマメ科牧草(アルファー)をベースとして、他にイネ科牧草(チモシーなど)が飼料給与されている場合が多いと思います。場所によっては、保存期間が長く、収納が容易な牛用飼料・ヘイキューブをマメ科牧草の代用として、馬に給餌されているケースもあります。やはり丈夫な身体をつくってくれるタンパク質が豊富に含まれているマメ科植物は、現在でも馬には最良の飼料となっています。
 実は、馬の飼料には「マメ科の植物が一番」という事は、昔の人々も知っており、当時の馬にもマメ科の植物を与えるようにしていました。今と昔の馬飼料の共通点は、『マメ(豆)』にあり、馬の飼料知識にも、古人から受け継いだ知識や知恵が、現在でも生き継いでいるのです。
 昔の馬飼料は、どの様な物であったのか?例によって、馬の古典書『厩作附飼方次第』に記載されている、当時の飼料についての項目『刷(いさつ)の事』について紹介させて頂きたいと思います。

古書から見る『刷ノ事』(飼料の作り方)

 先に、現在も馬の飼料には、マメ科牧草やそれに連なる飼料が主に与えられている事を紹介しましたが、『厩作附飼方次第(以下、本書)』内における馬の飼料の作り方を記した項・『刷ノ事(いさつのこと)』には、『まぐさ(馬飼料)には豆類の葉が最上である(原文:マグサ、菽葉ヲ最上トス)』と先ず書き、続いて『豆類の葉の新しいものはよく気分を養う(原文:菽ノ葉ノ新キハ能々気ヲ養ヒ)』が、古い豆類の葉は、馬の養分にならないので、なるべく新しい葉を用いよ、と注意点も述べています。
 現在、マメ科牧草を馬飼料として給与されているのを考え合せると、古書に書いてある『豆類の葉(菽葉)を最上とする』と述べているのは、正に今日の馬飼料形態にも符号するものです。また、古い豆の葉は、栄養価が落ちているので、新しい草を飼料として与えよと言っているのも正論です。刈った飼料は、時が経つに連れて劣化してゆくものですから。

 

 上記に続いて、本書で述べている文で目を惹くのが、「乗用馬」と「放牧(野生)馬」の其々の存在価値を比較した上で、与えられている飼料内容が違う事を説明している事です。

 

『放牧している馬(野生)は草木の根や葉を食い、粗末な食べもので生きているが、人を乗せるわけではないので、体力の消耗も少なく、病気にかかりにくい。乗用馬は責馬(調教)などで体力を消耗するので、飼料に注意しなければいけない』
 この文も、現代の馬の飼育状況に通じる正論であると思います。

 

*勿論、豆の実も貴重な飼料 
新鮮な豆の葉を飼料として与えている以上、豊富なタンパク質を含んでいる豆の実自体も、また昔から貴重な飼料の1つでした。ただ、生豆としてではなく、「煮豆」に作り変えられて、馬に給餌されていました。本書内でも『豆は新しいものをよく煮て与えること。(中略)馬は豆を食べて体力を増進させるので、必ず品質を調べて与えること』と、品質の良い煮豆を給餌する様に述べています。
 現在の穀物系飼料の主力は、周知の通りトウモロコシですが、日本にトウモロコシが本格的に栽培されるのは、明治期以降の事ですので、日本で古代より栽培されていて、五穀の1つに数えられる豆(大豆)は、本書が刊行される以前から貴重な含タンパク質飼料だったのです。現在でも、馬に留まらず、狂牛病(BSE)発生問題以来、大豆は、肉牛・鶏肉肥育産業で、肉質向上に大きく寄与する飼料として世界でも注目されつつある状況であります。
 余談ですが、上記の煮豆飼料から派生した発酵食品が、お馴染みの「(糸引)納豆」であります。納豆が誕生した時代には諸説ありますが、平安末期の源義家軍が、奥州へ出兵(後三年の役)にした際に、厩舎のワラの上に放置してあった煮豆が発酵し、それを食した大将・義家が食し、兵士の陣中食に採用したのが、納豆の始まりだと伝えられています。
 後三年の役の舞台になった金沢柵(現・秋田県横手市)は、金沢公園となっており、その公園内には「納豆発祥の地」という石碑があるそうですが、戦国時代の上杉謙信にも似た説がありますので、真相はわかりません。ただ、どちらの説にも共通している事が、馬飼料としての煮豆が、納豆菌が多く存在するワラの上に置かれてあり、それによって納豆が誕生したという事であります。よろしければ、納豆を食べられる時にも、歴史に埋もれた納この細やかな豆誕生説を思い出してみて下さいませ。

 

本書は、豆類の葉・煮た大豆を馬飼料にせよ、と言っていますが、それに次いで、馬の飲み水についても言及しています。
『水は、必ず清水を使用すること。不衛生な水で飼養すると却って病気になる。また、谷川の水や河川の水で飼養するには注意事項がある。これらの水に寄生虫がいると、馬に寄生することである。5月・6月(現在の約6月下旬から7月)には十分注意が必要である。』
 実は、馬は多少な不浄な水、例えば泥水・水たまりの水(糞尿が混ざった水はさすがに飲みませんが)でも、結構平気で飲んだりしますが、やはり上記の通り、馬にも清潔な水を飲ませるべきです。泥水など飲むと、寄生虫の問題、泥が馬の小腸などに溜り、糞詰まりを起こす可能性もありますので。
 本書では、寄生虫(原文:虫馬)の存在についても注意している事は、注目に値すると思います。当時でも馬の寄生虫の問題があり、それに対して注意が払われていた証拠であります。古今東西の全動物を問わず、寄生虫の問題がありますが、馬にも線虫や条虫といった寄生虫が身体の中に存在しているので、年1、2回は虫下し剤を投与しています。

馬の給餌法(附様之事)

 本書では「飼料のつくり方(刷)」の項目の次にあるのは、『給餌法(附様之事)』であります。こちらの項目内で面白いのが、乗馬前後の給餌法、そして、(本書は武家の騎馬対象もしているので)、行軍中や戦陣の給餌法についても記述している事であります。
 これらについての詳細は割愛させて頂きますが、それぞれの共通点は、『飼料のやり過ぎ注意!』という事であります。特に、『乗馬(激しい運動)直後の馬に水分補給させず、即給飼料をすると、馬の脾臓を痛める事になる』と記述していますが、これは決して的外れな物言いではありません。現在でも、JRA所属の獣医師のお歴々は、馬が汗が出る程の乗馬直後に、固い飼料(人参やリンゴなど)を切らないで大きいまま給餌すると、上手く飲み込めず、喉や腸に詰まらせてしまう場合もあるので、先ず馬に水を与える事を推奨しています。

 

 「給餌法(附様之事)」の最大の特徴というべき点は、「馬飼料のバランス給与」と「人の食事内容」を例にとって比喩し、読者にも解り易く、馬の給餌法を解説した点であります。その文が以下の通りであります。
『刈った豆の葉は馬の気力を増すものであるから、いつも与える事。例えば、刈った豆の葉は人間のごはん、煮大豆は人間のおかず、ぬかは人間の汁にあたるものである。人間の食事は、ごはんを主とし、汁、おかずの順にするとよい。もし、ごはんを副食とし、他の栄養ある食物を主食として食べると、却って脾臓を傷めるようなものであるから、刈った豆の葉を主とし、煮豆とぬかを副食と心得て飼養すること。』
 

 如何ですか?何とも正鵠を射つつも、非常に解り易い解説文ではありませんか?現在の飲食物の中には、厚生労働省が認可する通称:特保(特定保健用食品)が人気ですが、そのお茶などの飲料のラベルの下隅には、「主食と副食をバランスよく摂りましょう」と書いてあると思います。この特保の注意書き匹敵する程、本書内の上記解説文は子供でも理解できる程の解り易さであると思います。
 本書は、飽くまでも馬の飼い方の古文書ですので、馬の給餌法に焦点を当てて解説しているのですが、言外では『人も馬も過食せずに、バランス良い食事を心がけましょう!』とも注意している様にも思えます。「馬の給餌法を読んで気が付いた事はそんな滑稽な事か」と攻撃したくなる方もいらっしゃるかもしれませんが、大食漢であり、不規則な食事をしている筆者だからこそ、思い至った滑稽な事かもしれません。勿論自慢できる事ではありませんが。