有機農法と有機畜産が台頭するのか

 昨今、世間では「食の安全」が大いに着目され、農産物でも、農薬・化学肥料の利用を抑え、動物の糞尿から成る堆肥や植物など利用した草肥などで農地土壌をより活性化させ農産物を栽培する『有機農法(別名:環境保全型農業)』が盛んになっています。
 一言で有機農法と言っても、農薬を全く使用しない「無農薬栽培」、最低限のみの農薬を利用し栽培する「減農薬栽培」と区別され、施肥方法でもいつかの種類があります。しかし、いずれにしても有機農法に必要不可欠なのは、堆肥などの有機物質を上手く使い、根気よく『良質な土壌づくり』を行ってゆく事であります。このため農産物栽培者の方々は多量の堆肥を必要としており、酪農家さんとの関係が緊密になってきています。そして、この関係は畜産者側にとっても悪い事柄ではなく、寧ろ渡に船といった喜ばしい事でもあります。
 畜産動物を飼育していくには様々な解決しなければならない問題が必ずありますが、そのひとつに、毎日必ず畜産動物から排出される多量の「糞尿の処理問題」があります。農産物を栽培する露地栽培農家さんが、日々畜産から出る堆肥を農地づくりのために少しでも消費してくれる事は畜産者側にとっても有難い事なのです。
 堆肥についてですが、ただ糞尿を放置しているだけでは良質な堆肥はできません。糞尿を放置しておくと生乾き(腐敗状態)になり悪臭芬々となりますので、定期的に糞尿を切り返し堆肥の水分調整を行い、藁や腐葉土(植物腐敗物)を混ぜ合わせたりして、手間暇かけて乾燥発酵させる事によって素敵な堆肥が完成します。良質な堆肥づくりなどを含め日々否応なく出る糞尿の処理手腕も酪農家には必要な物であります。

 

 以上は農産物栽培の有機農法についてでしたが、畜産にも『有機畜産』の動きがあります。特に外国では、土地利用を中心にして自給飼料を生産し、抗菌性物質や市販飼料の購入を控え、消費者が喜ぶ安全性の高い乳製品や食肉生産を行っています。海外各国で有機畜産に着目された理由として第一に「環境保全」が挙げられますが、その他の大きな理由として、以前英米で肉用牛に市販の骨粉を飼料として給与した事が発端となったBSE(通称:狂牛病)問題により、世界各国でやはり「食の安全性」が消費者の間で強く訴えられた事もあると思われます。

 

 ヨーロッパ(EU)諸国では特に有機畜産に熱心に取り組んでいまして、多くの民間団体が抗生物質などの化学薬品の使用を制限し、給餌面では安全な自家飼料のみを畜産動物に給与する事によって、有機畜産物生産という経営方針をとっています。そしてこの方針の根底に息づいているのは『環境と調和した畜産を目指す』という熱い想いであり、古来より畜産先進国であったヨーロッパの崇高な心意気を感じます。

 

 「有機畜産がそれ程、環境や食の安全性に良いのなら日本の酪農産業も有機畜産をもっとやったらいいじゃないか?」と思われる方々もいらっしゃると思いますが、有機畜産にもやはり問題点があるのであります。
 第一に、生産コストが通常の酪農経営より約10%も高いという事があります。化学肥料や薬品の利用の抑制、購入飼料でなく自家飼料の栽培および給餌する事によって大きな労力を消費し、結果的に諸費用も課さんでしまうからです。
 第二に、日本の国土(面積)の限界や食文化(歴史)の違いがあります。先述のヨーロッパ諸国多くの国土は日本の数倍以上もありますので、日本で西洋の有機畜産の真似事をするには自ずと限界があります。また日本で肉食文化が本格的に発展を遂げるのは、漸く明治・大正時代以降であるのに対し、彼らの国々は古代より肉食文化が栄え、自然畜産農業に対しての考え方や力の入れ方が大きく違っています。
 他にも気候の違いもありますが、主に上記の2つ理由により、日本国内では未だに有機畜産が定着していないのが実情です。

 

 日本の畜産業は近代以来、西洋諸国から畜産物やその生産技術を学ぶ事によって、大きく発展し、畜産生産力も高くなりました。ただ生産するという目的に囚われ過ぎ、地球環境への配慮に気が向かなかった事もまた事実であり、そして現在、生産重視の畜産経営から環境を配慮する有機畜産経営の重要性が増してきています。有機畜産の先進国とされているヨーロッパ畜産業からまた改めて日本は畜産業を学び直す時期が来ているのかもしれません。筆者もこの記事を書かせて頂いた事によって、今後の日本の畜産について考えさせられました。皆様もよろしければ一緒に、この事について考えて頂ければ嬉しく思います。

家畜にも福祉を。

 『福祉』という言葉は、高齢化社会を既に迎えている日本で良く聞く言葉の1つですが、この意味を改めて国語辞典で意味を調べてみると、『国家によって国民に等しく保障されるべき安定した生活および社会保障』(明鏡国語辞典)と載っていますが、同じ意味を人の手で、家畜に施す事を『家畜福祉』と言われています。即ち『家畜が肉体的・精神的に幸福な状況下にあり、健康的に飼育されているという意味』になります。

 

 家畜福祉という考え方も、(有機畜産と同じく)ヨーロッパ諸国では古くから盛んであり、意思表示が出来ない動物の虐待を防止する法律や条例が施行された程であります。これらの決まりが始まった頃は、犬猫などの愛玩動物のみを対象にしていましたが、時を経るに連れて、家畜動物である牛・豚・ニワトリ対しても、決して人間本位で飼育するのではなく、家畜たちの習性や行動に沿う飼育方法の推奨も追加されました。また日本でも、平成12年に「動物の保護および管理に対する法律が制定され、愛玩動物は勿論、家畜(農業)動物も対象となっており、我が国でも「家畜福祉」の動きが活性化しています。
 以上の東西諸国の動きの背景には、畜産が近代化を邁進してゆく過程で、「より多く、より安く」という生産効率や費用の削減など人間本位の経営を強引に行い、家畜動物たちの行動習性や負荷などを歯牙にもかけず、劣悪な環境で動物を飼育する事例が多く見られ、これに対する社会の批判や反省の気運が高まった事があります。養鶏の例を見ますと、以前は「産卵・産肉機械」と呼ばれ、一種の畜産物生産機ごとき飼育をし、消費者から批判が出た事があります。

 

乳牛という経済動物も生産性を高める事は不可欠なのですが、飼育される環境などを熟慮し、乳牛の健康などを損なわないよう配慮する事も必要となります。具体的に言いますと、常日頃の健康管理は勿論ですが、「十分な飼料給与」「新鮮な飲み水と空気(通気性)を常に確保」「自由に四肢を伸ばせる空間確保」、そして「早期病気発見」等々の諸条件となります。乳牛の飼育に携わる方々は、生産効率以外に、これらの条件の実現に努力をしなければいけません。
 先述の様に、酪農家さん達は、乳牛の生産性の向上は今後も求めてゆくかなくてはなりませんが、乳牛も出来る限り心地よく生活と仕事(搾乳)ができるように、家畜福祉の実現の努力、今後の酪農経営の鍵になってゆきます。
 人(生産者)と乳牛(動物)の両方が互いの益が頃良い「ウィン・ウィンの関係」、白と黒の一方どちらかが圧倒的するのではなく、バランス良く混ざり合った「灰色部分」を実現させるのが、酪農経営では家畜福祉となります。しかし、乳牛(動物)は人間と言葉で意思疎通が不可能ですので、やはり飼育者(人間)が乳牛の健康チェックや観察を行ってゆき、乳牛の無言の要望に応えてゆくしかありません。月並みの事ですが、乳牛に対する常日頃の観察が、人間世界の日常会話・ふれあいであり、これが家畜福祉の第一歩となります。これが生産者・飼育者の責務ですが、家畜福祉とは手間暇と費用が、一段と要する事ですので、消費者の方々、世間一般皆様の理解も必要なってきます。
 家畜福祉に理解を示して下さる方が一人でも多く増える事を望みます。