生産重視から多面的機能重視への変移
農業の元来の目的は、普段私たちが食べている食物や農産物を生産する事にあります。これは皆様でもよくご存知な事であります。しかし、近年では先進国の間では、農業やその産業が営まれる農村地帯をただの食糧生産地のみの位置づけではなく、『自然資源の育成保護』・『景観の発展』・『生活に安らぎを与える癒しの場(精神の拠り所)』としての多面的機能を有する場所として見直されています。
上記の好例として、我が国日本で食料増産のみを目的とするために、昭和36年6月12日に施行開始された「農業基本法(別名:農業界の憲法)」が、平成11年に廃止され、代わりに同年7月16日に『食料・農業・農村基本法』が施行されたのが挙げられますが、この新法の中には、前法の農業基本法では無かった総則『多面的機能の発揮(第三条)』が新たに加えられました。以下は農林水産省の公式HPにあります食料・農業・農村基本法関連情報の方から総則第三条を抜粋させて頂きました。
『第三条 国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等農村で農業生産活動が行われることにより生ずる食料その他の農産物の供給の機能以外の多面にわたる機能(以下「多面的機能」という。)については、国民生活及び国民経済の安定に果たす役割にかんがみ、将来にわたって、適切かつ十分に発揮されなければならない。』(以上 農業水産省公式HPより)
上記の条文から感じ取れる事は、現在多くの人々が自然とふれ合う機会を失っており、豊かな自然や生物に恵まれた農村に対して憧れを持つようになったという事ではないでしょうか。
農業が持つ多面的機能
昭和20(1945)年8月に終息した太平洋戦争(第二次世界大戦)後、日本は食料不足を打開するために官民一体となって食料の増産に邁進していきましたが、昭和50(1975)年頃には食料増産の時代は終了しました。それと同時に、農業・農村には食料を生産する機能以外に、景観や自然資源を護るという多くの優れた機能がある事に気付き始めました。つまり『農業が持つ多面的機能』の事であります。
農業が食料生産以外に持つ優れた主な機能を列挙するとすれば以下の如くになります。
@国土保全機能:森林・農地は、洪水の防水・水資源の確保・土壌侵食(土砂崩れ)の防止・大気の浄化の作用を持っているので、国土保全に大きな役割を果たしています。
A水源涵養機能:森林・農地は、大量の雨水を地下水として貯蔵できる機能も持っており、洪水の防止、そして何よりも大切な水資源を確保する役目を担っています。平成28年4月14日を発端とする熊本地震で、大きな被害を受けた同地は、古来より清正公(セイショウコウ)さんで地元の人々に敬愛されている武将・加藤清正の時代を超越した土木工事よって、無尽蔵の水源と実豊かな広大な水田が所産としてありますが、その水田がまた地下水を生み出してくれるという働きがある事で有名です。この事はNHKの人気番組の「ブラタモリ#35 水の国・熊本(平成28年4月2日)」内でも放送されていました。
B景観形成機能:偏りが無く農林業が営まれている農山村地帯の景観は美しく、人々に精神的潤いを与える癒しの場としての役割を持っています。一つ例を挙げさせて頂くとすれば、富山県西部の砺波市・南砺市一帯に広がる独特の農村景観・散居村の美景は、全国的にも有名です。
Cその他の公益的機能:農村や山林は、木材や山菜などの緑資源を提供・野生動物の保護などを含める様々な役割もあります。
以上の様に、農業が持つ多面的機能は沢山あり、日本国土の保全の上で膨大な資産となっています。
酪農が持つ多面的機能
さて今度は、いよいよ酪農の多面的機能についてですが、以下の5項目が例としてあります。
@観光牧場や公営牧場などの積極的な牧場体験を提供する機能を有し、また牛乳や乳製品の生産加工・それらの直接販売による人々との交流が出来る機能。
現在、日本各地で公営牧場や観光牧場などで、飼育している乳牛や他の家畜動物を利用して、ふれあいの場を提供しています。消費者は、家畜動物とふれ合える上、日々飲食している乳製品の生産過程などを直に知ることができます。
A景観の保持形成・人々の精神的休養を与える機能。
農山村にある広い放牧地に、牛や馬などが放牧されている風景を見たりすると心が落ち着く事がよくありますね。
B乳牛や家畜動物を通して、子供たちの知識や情操の教育機能。
酪農教育ファームや牧場出前教室などは、正にこの酪農多面的機能をフルに活用した方法です。
C地元住民との交流や相互扶助、毎日家畜動物から出る堆肥を水田・畑作農家に提供するなどの地域活性の機能。
毎日家畜動物から出る糞尿は悪臭があり、処理が大変であり寧ろ邪魔者扱いにされていましたが、これを酪農家さんが、手が空いた昼時間等を利用して糞尿から優れた堆肥を作り出し、こ近隣の田畑農家さんに有機肥料として提供し、対して田畑農家さんからは、稲わらなどを牛の敷料として酪農家さんに提供するという「ギブandテイク」の連帯感が生まれます。これが地域農業の発展に繋がります。中には、地域から出る生ゴミの処理を、家畜動物の糞尿に混ぜて、より良質な堆肥を作るケースもあります。
Dグリーンツーリズム参加の呼びかけ機能。
グリーンツーリズムとはあまり聞き慣れない言葉かもしれませんが、日本語に訳すと『滞在型の余暇活動』です。所謂、都会に住む人達が地方の農山村・漁場を訪れ滞在し、その土地の生活や風土を体験し、人々との交流を楽しむ事です。@の観光牧場での牧場体験よりも、より深い体験を味わえる機能になります。また現地の生活だけではなく、同地の文化や歴史にもふれ合えるのも大きな魅力の一つとなっています。
欧 米諸国では一般的活動であり盛んに行われていますが、日本では未だ盛んではありません。極一部の例として、有名芸能人の方々達が東京都近郊の農村や漁村に普段生活し農漁業に勤しみ、芸能活動の際は上京するという生活スタイルが時折、テレビで紹介されているのがあります。これも一種のグリーンツーリズム活動と言えるでしょう。
以上、酪農が持つ優れた多面的機能をおわかり頂けら幸いです。この記事をお読みになっておられる皆様の中に、酪農や牧場の仕事に興味をお持ちになれている方がいらっしゃいましたら、先ずは@などの地方の観光牧場や公営牧場を訪れてみては如何でしょうか。関東では千葉県や栃木県、中部甲信では、長野県や岐阜県、静岡県、近畿では三重県・兵庫県に観光牧場や公営牧場がありますので、よろしけばそこで酪農の多面的機能を味わってみて下さいませ。