世界の養豚たち

 豚は古くから優れた繁殖能力(1回の分娩に平均15頭以上の仔豚を産みます)と発育能力がある上、貴重なタンパク源として人類に重宝されています。特に中国では古代より養豚は盛んであり、羊肉や鹿肉と並んで好まれました。これは現在でも同様であり、世界で約9億頭の豚が飼育されていますが、その約半数(約4億6000万頭)が中国で飼育されています。余談になりますが、中国では豚は金運の象徴となっており、干支で豚年(日本では猪)があります。中国の思想の影響を受けている韓国では、両親が自分の子供が将来金運に恵まれる事を願い、豚年にベビーラッシュが起きるそうです。しかしイスラム教・ユダヤ教信仰圏内では豚肉は宗教上忌避されているので、羊や山羊、牛などに比べると豚の飼育国は偏りがあり、中国を筆頭に米国や西ヨーロッパなどが世界の豚飼育大国になっています。
 先述の様に、豚は多産で発育にも優れているので、牛肉に比べ生産コストが安く、ハム・ベーコン・ソーセージなどお馴染みの肉製品の原料ともなるので、イスラム・ユダヤ両教圏内を除く世界各地で幅広く食材として愛用されており、世界全体の豚肉生産量は牛肉・鶏肉の約1.5倍になります。日本も例外ではなく、現在約1000万頭の豚が国内で飼育されており、国民1人当たり年間約11kgが豚肉を食していて、食肉約40%を占めるまでになっています。

 

 昔から現在に至るまで多くの国々で豚が飼育されていますが、豚の先祖は猪(イノシシ)です。有名な話ですが、現在でも中国では豚の事を『猪』と言います。有名な物語「西遊記」の主要登場人物の豚姿の『猪』八戒という名前を見てもお分かり頂けると思います。
 牛と違って野生の猪は、昔より世界各地に在来しており、それらが人類によって飼われ他の猪と交配を繰り返し、現地で根付き豚在来種として飼われていったと考えられています。その中で、豚の主要の先祖と考えられているのが、ヨーロッパ猪とアジア猪です。
 豚がヤギや羊、そして牛と明らかに違う点は、世界各地へ移動して伝播していったのではなく、現地で飼育された在来種が多いという事です。つまり移動を専らとする遊牧民族ではなく、1つの地に定着する農耕民族によって豚は家畜化されたという事です。豚は雑食動物であり牧草のみでの肥育は困難なので、草食動物であるヤギや馬の様に移動しながら飼育するという事が困難であるために、諸説は色々ありますが、遊牧民族であったイスラム教やユダヤ教が豚を嫌う原因の1つになったと言われています。
 イスラム・ユダヤに対して、ヨーロッパ・中国では養豚が古来より行われていました。事実、イギリス諸島では紀元前4000年頃の豚骨遺跡が発見されており、中国でも世界最古と言われている紀元前8000年頃の豚骨遺跡が発見されています。
現在でも、世界を代表する食肉用豚の品種は、英国を含める欧米諸国や中国の原産が多くを占めています。日本を代表するかごしま黒豚も英国原産のバークシャー種が原種となります。以下は世界の養豚品種の一部を紹介させて頂きたいと思います。

 

@ランドレース種(原産:デンマーク)
 身体の色は白く、数ある養豚の中で一番繁殖力に富む品種と言われ、僅か生後6ヶ月弱で産肉可能までに成長します。成長時の平均体重は250kg〜350kg。デンマークの在来種と英国原産の大ヨクシャー種(詳細は後述)を交配させて誕生した品種となります。肉の脂身が少なく赤肉が多く産出されるので、加工肉として利用されます。先述の様に繁殖能力が極めて高く、早めの産肉が可能なので、日本の養豚の中で一番多く飼育されている品種となります。

(ランドレース種の一例)

 

A大ヨークシャー種(原産:英国)
 英国本当のヨークシャー地方原産の白色大型豚になります。かなり古い歴史を持つ養豚品種であり、@のランドレースに次いで高い繁殖力を持っています。体重で換算すると、生後1年で約180kg前後に成長し、完全に成長すると約380kgまでになります。肉質は柔らかいので、ホークステーキなどで愛用される場合があります。
 因みに同じヨークシャー種で中ヨークシャー種という品種がいますが、昭和中期頃までは、日本養豚種の9割以上を占める品種でしたが、繁殖力が大ヨークシャーやランドレースより劣るため、現在はあまり飼育されていません。

(大ヨークシャーの一例)

 

Bバークシャー種(原産:英国)
 英国のバークシャー地方とウィルトシャー地方を原産とする黒色種の中型養豚種となります。鼻、四肢の先、尾の毛が白い豚が多いので、鹿児島県内では「六白」とも呼ばれています。この品種が明治時代に鹿児島県出身の獣医・園田兵助(黒豚の父)の尽力によって同県内に導入され、現在でも有名ブランド・鹿児島黒豚になっています。生後1年で約150kg前後に成長し、完全成長時には200〜250kg前後になります。肉質は赤身肉の締まりが良い上、甘味の脂肪を持っているので、周知の通り様々な豚肉料理で利用されています。
 日本だけではなくスペインの最高級豚・イベリコ種も、バークシャー種を原種としています。

(バークシャーの一例)

 

Cハンプシャー種(原産:米国)
 米国原産のコーンベルト地帯(米国中西部中心の大地帯)を原産とする白黒2色の中型養豚種となります。毛色はほぼ黒色ですが両前脚から肩にかけて白色となっています。成長時には約200〜250kg前後になるというので、Bのバークシャーと殆ど同じ体格になります。産肉能力が高く赤身肉質も良好なので、以前は日本養豚として多く飼育されていましたが、現在はより産肉能力が良いデュロック種が多く飼育されています。因みにデュロック種は最も産肉量が最も多い養豚種と言われ、赤身と脂肪が絶妙に混合された霜降り豚肉としても有名です。

(ハンプシャーの一例)

 

D梅山豚種(メイシャントン種 原産:中国)
 また世界一の多産能力を誇る養豚種と言われています。中国大陸の古くからの在来豚種の1つであり、現在中国大陸内で最もポピュラーな養豚種・太湖豚(ターフートン)の原種となります。梅山豚は古代在来種であり、「西遊記」に登場する猪八戒は、この梅山豚をモデルとされていると言われています。
 古代より中国の公民問わず、食肉目的も兼ねて、糞便や家庭用排水を餌として食べさせる下水処理を目的としても飼育されていました。些か不潔なイメージを抱かれるかもしれませんが、豚は糞便や汚物を喜んで食べて成長してくれるので、正に古代中国の豚飼育法は合理的な物でした。
 残酷な話ですが、漢帝国を築いた劉邦の妃・呂皇后が、劉邦の死後に彼の妾の1人であった戚夫人の両手足を切り落とし、厠(トイレ)の底に豚(恐らく梅山豚)と一緒に放り込んだという残酷な逸話がありますが、人糞で豚を育ていた事を物語っています。因みに明治時代に北海道大学教授として来日したクラーク博士も牛舎や養豚舎を1棟で建築した際は、豚舎を牛舎の下に構築し、牛の排泄物が下の豚舎に落ちて、それを豚が食べて処理するという建築構造に設計しました。

(梅山豚の一種)