ヤギの特性と優れた用途性

 ヤギ(山羊)は、牛や羊など同じく蹄が2つになっている偶蹄類の動物です。ヤギは小型であるにも関わらず、様々な気候風土にも順応出来る上、粗食にもよく耐えるという強靭な性質を持っているので、乳用・肉用・繊維用・皮革用として世界でも多く飼育されています。特に、中国・インド・西アジアの乾燥地帯・イスラム教国・アフリカ等の発展途上国で多く飼育されており、現在でも飼育頭数は増加傾向にあります。
 北方や北東アジアは繊維獲得、遊牧民は肉と乳獲得、熱帯地では肉獲得といった各々の目的で飼育されています。また豚肉を忌避するイスラム教信心国では、貴重な肉資源となっています。余談ですが、筆者の牧場で子ヤギを3頭飼育している折に、それを知った在日パキスタン人の方が牧場の取引業者さんを通して、食用として譲ってほしいと再三乞うわれた事があり、子ヤギを販売した事がありました。正にヤギは世界の最も重要な家畜動物の1つである事がわかります。そこでヤギの飼育頭数国のベスト5を以下の通り列挙させて頂きます。

 

1位 中国:約1億3800万頭

 

2位 インド:約1億2600万頭

 

3位 パキスタン:約5500万頭

 

4位 バングラディシュ(ヤギ肉カレーが高級料理とされています):約5300万頭

 

5位 ナイジェリア(アフリカ西部):約5200万頭

 

(FAO統計 山羊飼養頭数 参照)

 

以上の様に、上位全てがアジアとアフリカの国々であり、世界のヤギ飼育頭数の90%以上がアジア・アフリカで飼育されている事になります。また極寒な地域を除く地域でも広く飼育されており、北は欧州のスカンジナビア半島、南は赤道直近のマレーシア・インドネシア諸島でもヤギは飼育されており、両国では「サテー」と呼ばれるヤギ肉の串焼きが普及しており、庶民の間で愛されています。

 

 ヤギは飼育し易く、乳・肉・皮・繊維といった様々な特性を持っているので、世界各国で飼育されている事がお分かり頂けたと思いますが、未だヤギならではの特性があります。寧ろ欠点になるかもしれません。それは『木葉の好んで食べる』・『再野生化しやすい家畜動物』という2点です。ヤギは勿論草食動物になりますが、一言で草食と言っても実は、草を食べる「グレイザー(grazer)」と、草木の芽や葉を食べる「ブラウザー(browser)」という2種類の草食動物に分類されます。
 馬や羊は前者のグレイザーの好例ですが、ヤギはグレイザーとブラウザー両方の習性を持っています。寧ろ『草よりも木の芽や木葉を好み、樹皮や枝も喜んで』食べます。このヤギの嗜好に感付いた超古代の農耕民族は、原野開墾の木岐駆除の手助けとしてヤギを飼育していた説もあります。
 上記の開墾説で活躍したのは甚だ不明ですが、ただ木葉を好んで食べてしまうというのは自然破壊に繋がりかねません。実際、ハワイ諸島や日本の小笠原諸島の聟島には、野生ヤギが植生を食べて環境破壊が問題になっていますが、これらの島々に生息している野生ヤギの先祖は、昔の航海時代に船乗り達が非常食として船積みをしていた生きた家畜ヤギです。その家畜ヤギを航海途中で寄港した島々で捨て野生化になっていったのです。先にも述べましたが家畜ヤギは一度野に放すと、野生化し易いのです。そして野生化したヤギは見境なく島の森林を食い荒らします。
 上記の聟島やハワイの野生ヤギの引き起こしている環境問題は、ヤギの習性が欠点となって顕われた結果なのです。

ヤギの家畜化の起源

人類によってヤギが家畜化されたのは紀元前1万〜7000年と言うわれており、犬に次いで古い家畜史を持っています(犬が家畜化されたのは紀元前1万2000年頃)。家畜化された場所は羊と同じくメソポタミヤ文明の発祥地である現在のイラク付近でした。家畜化当初は、(これも羊と同じですが)、まず肉を、その後、毛皮や乳も利用されるようになったと言われており、『乳を利用した最古の家畜動物』とされています。
 因みにヤギの乳質は、乳牛とほぼ同等であり、量は羊以上にあります。よって牛より小柄であり粗食・粗放な環境に耐え、飼育が容易なヤギは『貧農の乳牛』と呼ばれており、現在でも中国やアフリカでも重宝されており、日本でも乳牛が台頭する近年までは多くの農家で飼育されていました。

 

 現存している野生ヤギの種類の1つの中で、パキスタン・イラン高原の西アジア山岳地帯を中心に棲む『ベゾアール(パサン)種』がありますが、これが家畜ヤギの原種と言われています。また他の野生ヤギの種類では、「マーコール種」と「アイベックス種」もいます。
 ベゾアール系ヤギが家畜化された西アジアを起点として、東南経路を辿り、東南アジアのマレーシアやインドネシア諸島へ伝播してゆき、マーコール系ヤギは主に北東ルートを辿ってゆき、中国・朝鮮、一部はインドへ伝播されてゆきました。
 ベゾアー系・マーコール系などの家畜化されたヤギの世界各地への伝播方法として挙げられるのは、『遊牧民』が大きいです。ヤギを飼っていた遊牧民は単一民族ではなく、多種民族がヤギを含める家畜を伴って他方へ旅を続けていった結果が上記のヤギ伝播経路に繋がっています。しかも只伝播していっただけではなく、移動先々で、家畜ヤギと野生ヤギは互い交雑し合って、現在は世界に多くのヤギが誕生し、実に100以上の種類がいます。次は世界に現存するヤギの種類を紹介してゆきたいと思います。