羊毛について

 今回は、その羊毛を収穫する作業、『毛刈り』について紹介をしてゆきたいと思います。皆様ご存知の様に、世界中で多種の羊が飼われている目的は、羊毛羊肉を得るためです。
 以前から野生化した羊がいますが、それらの羊毛は少なく産出量があまりにも貧弱です。昔の人々は野生の羊を家畜化にして、その貧弱の羊毛量を仕方なく刈って入手してきましたが、より多く質の良い羊毛を欲する人々は、羊の品種改良を行いました。
 特に、木綿など植物繊維が、世界で本格的に栽培される以前は、羊毛および毛織物産業が重要視されていました。その結果誕生した好例が、スペインのメリノ種です。その後も羊の改良が頻繁に世界で行われ、誕生した品種数が3000種にも及びました。この途方もない数値を見ても、昔から羊とそれから産出される羊毛が世界各地から重要にされていたかを物語っていると思います。余談ですが、この世界で熱狂的に行われた羊の改良・羊毛の普及の主流から劃していたのが、日本です。羊は仏教や牛と同じく、中国大陸から伝来してきましたが、羊(羊毛繊維)は普及せず、逆に絹・麻、カラムシ(青苧)などの植物繊維加工が発展しました。もし古代より羊が日本でも飼育されていたなら、現在の国内の羊に対するイメージが変わり、羊肉・羊毛の生産消費量も変わっていたかもしれません。

重労働、羊の毛刈り!

 さて毛刈りについての話に戻します。毛を刈る目的は主に2つあります

 

(1)羊毛を得るため。

 

(2)外見がモフモフな羊毛に覆われていると、羊の身体自体が肥満であるのかやせているのか判別することが困難ですので、羊の身体の状況を確認すための『健康チェック』をするため。
他には、第二と似ていますが、羊の熱中症予防のためなども、毛刈りの目的に含まれます。

 

 羊の毛刈りは、基本的に毎年1頭1回3月〜5月の時期に、毛刈りを行います。寒い冬季を越して暑くなる夏季前に毛を刈ってしまうのが定番です。毛刈りをする方法としては、昔は毛刈り専用のハサミで、1頭1時間以上コツコツと刈りましたが、現在は専用電気バリカンが主流となっています。電気バリカンの場合ですと、慣れている人でしたら、30分以内で1頭を刈れます。羊の毛刈りの王者という愉快な称号を持つ、オーストラリア人のイアン・エルキンス氏は、バリカンを使用して、1頭当たり約3分という神業で刈り上げてしまうそうです。約10年間毎年、筆者も羊の毛刈りを時期なると、バリカンで作業を行っていましたが、作業に慣れ早くなっても、イアンさんの所要時間約10倍である約20分〜30分の時間を要しました。

 

 実は傍目から見たら、羊の毛刈り作業は簡単で容易に見えるかもしれませんが、結構な重労働なのであります。毛刈りの際の辛い点を以下に挙げてみました。

 

@毛刈りをする際の羊自体の固定。作業をする人間は、足や股を使って、羊が動かないように固定するのですが、羊自体には辛い体制で固定されるので、固定の仕方が甘く失敗すると、羊は忽ち嫌がって暴れたり、立ち上がってしまうことがあります。その結果、刈った羊毛が支離滅裂になってしまうこともあります。また作業に従事している人間は、中腰状態が続きますので、腰に負担が大きいのです。ひとつの毛刈り動画がyoutubeにアップロードされていましたので、よろしければこちらをご覧ください。

 

毛刈り動画例:https://www.youtube.com/watch?v=9HFdBGCMizQ

 

毛刈り専用電気バリカン一例

機械全長は、約30cm、重量が1.5kgぐらいあります。

刃が、上刃(小)・下刃(大)の二枚刃セットになっているのが、おわかりますか?これが左右に高稼働することによって、重厚な羊毛が切れてゆくことになります。

 

A羊の毛を出来るだけ残さず、綺麗に刈り、しかも出来るだけ早く刈る。羊毛を残すのはロスですので、出来るだけ綺麗に刈ることに越したことはありません。そして長々と毛刈りをしていると、バリカン機械、羊自体に負担をかけてしまうので、出来るだけ早く作業を終わらせた方が良いのです。

 

B毛刈り途中で、バリカンやハサミで羊の皮膚を切らないようにも注意が必要になってきます。羊も哀れな上、切った箇所に拠って、多量の血が流れてしまい、刈った羊毛が血に染まってしまうということもあります。

 

C羊毛には油(ウールグリース)が多く含まれますので、作業中にバリカン刃に油が付着して切れ味を落とす場合がありますので、洗剤水などで付着した油を落としながら、毛刈りを行います。余談ですが、刃に付着して毛刈りの際には厄介な存在ですが、実は油に含まれる成分ラノリンが、ハンドクリーム・口紅の原料に利用されます。こういうお洒落にも羊が生かされているのです。

 

 他にもバリカン刃の調節などの調整具合の難しさがありますが、主に上記の4点が、主な羊の毛刈りの際の辛い点です。英国アニメ「ひつじショーン」の主役ショーンは、時々、羊毛を気軽に洋服感覚で脱ぐ描写がありますが、現実の世界でもこのショーンの様に、羊毛を脱いでくれたらどんなにいいだろう・・・。と毛刈りに従事していた頃の筆者は、心中思ったりしていました。

(毛刈り後のサフォーク種。一糸纏わぬ姿になってしまいました。次回の毛刈りは1年後です)

 

Q:筆者が牧場に勤務していた頃に、来場者の方々に、『羊は、毛を刈らないで放置するとどうなるのか?』という質問をよく訊かれました。

 

A:毛刈りをせずに放置しておくと、『羊毛も日が経つに連れて、伸び続けます

 

 日本でもニュースになり、有名な例があります。2015年9月に、オーストラリアで発見された、巨大な羊毛に覆われたメリノ羊が発見されました。直ぐに保護され、先の毛刈りの王者・エルキンス氏によって、毛刈りが行われました。メリノ種の羊毛産出量/頭の平均は7kgですが、今回の羊毛の重量何と41kg!この型破りな出来事は、世界ギネス記録にも登録され、ネットニュースやSNSでも話題になり、記事タイトルとして『Un-Baaahlievable! Overgrown Sheep Gets Record-Breaking Haircut(信じられない!巨大な羊がギネス記録を破る散髪)』 エルキンス氏の神業をもってとしても、巨大な羊を刈り終わるまで45分もかかったそうです。

その話題になった羊です。これでは、バリカンでも刈ろうとしても、なかなか刃が入らなくて大変だったと思います。

 

 羊毛は、毛糸加工に使われるのは皆様も容易に察しが付くと思いますが、他にも畑の肥料や畝にマルチビニールにも利用されている時もあります。羊農家さんは、余った羊毛の処理に困った場合は、野菜農家さんに羊毛を提供する時もあります。菜園をやられている方は、この事を覚えていても損はないと思いますで、よろしければ頭の片隅にも記憶してみて下さい。